四 





竹内 敏晴
Toshiharu Takeuchi

(演出家)
かかとで息する
変容するからだとことば(3)


 ある高校で特別授業をした。集まって来た少年たちは心もとなさそうに突っ立っている。
 「まずのんびりアクビしてみよう」と言うと、少年たちは顔見合せて腕を上げ胸を吊り上げる。「息を止めて!」「そこでちょっと膝をゆるめてみて」。さあ「息を吐いて!」。
 「膝をゆるめた時足の裏にからだの重さを感じた人はいる?」
 ぶきっちょに手を上げかけた少年が「なんかがかかとにずうんと流れ込んだみたい……」
 四つん這いになってみれば、ほとんどが背中を丸めてもち上げている。そんな身の固め方が常態化しているからだたちだ。息を吐くと共にからだの重さが足の裏にずしりと拡がり、大地に浸みてゆき、ふっと力を抜けばふわっと息が足の裏から全身に流れ入ってくる。気づき始めて、まじまじとからだを覗き込んでいる目になってくる少年たち。いつか呼吸がゆるやかに深くなっている……。
 中国の古語に「真人はかかとで呼吸する」がある。



木田 元
Gen Kida

(哲学者)
読書の思い出


 妙に早熟な子どもだったので、小学校に入る前から本はひとりで読んでいた。いったい、なにを読んでいたものか。童話のたぐいは幼稚でバカバカしいと思っていたから、姉たちの本でも読んでいたのではなかろうか。あの頃は、本も雑誌も新聞もたいていは総ルビだったので、あまり意味はよくわからなくても、読むことはできた。
 小学校の入学式の帰り、母に連れられて本屋に寄り、なんでも好きな本を二冊買ってあげると言われ、講談社から出はじめたばかりの「少年講談」シリーズの『一休和尚』と『荒木又右衛門』を買ってもらったが、夕食前には二冊とも読んでしまい、なーんだと思ったのを、いやに鮮明に覚えている。
 小学校三年生の頃には、住みこみの書生の部屋から『新青年』だの『譚海』だのという若者向きの雑誌を持ち出し、『むっつり右門捕物帖』だの、少し色っぽい時代小説だのを読んで胸をドキドキさせていた。そのうち、このテの雑誌を自分で買ってきて読むようになったから、マセた子どもではあったのだろう。
 もっとも、中学校を卒業するまで、大体似たような読書傾向だったから、あまり進歩はなかったことになる。
 こうして、七十二歳の今日まで、敗戦直前の海軍兵学校にいた四ヶ月間を除けば、まったく本を読まなかった日なんて考えられないから、どのくらい読んだものか数えようもない。
 そのなかで特に印象に残っている本はと言えば、やはりドストエフスキーの作品群ということになるだろうか。なにしろ、これを読んだのがきっかけで、私は哲学の勉強をしようと思い立ったのだから。
 哲学の本でも、ハイデガーの『存在と時間』や幾つかの講義録、ヘーゲルの『精神現象学』、メルロ=ポンティの『知覚の現象学』、ルカーチの『若きヘーゲル』などは夢中になって読んだ。これらはみな原書で読んだわけだが、次第に残り少くなっていくのが惜しくて仕方がないような面白さを味わったものだ。
 哲学書なんて概して面白くないものだが、なかにはいま挙げた本のように、下手な小説よりずっと面白いものもある。もっとも、こういう本は、そのときの読み手の気構えが問題になるにはちがいない。
 この数年、朝日新聞の書評委員をしている。そう、日曜日の書評欄の書き手である。こういうことをしていると年中本に追いまわされている気分になるが、それでも本に飽きたと思ったことはない。近所の小さな本屋でも、一日に一度くらいはのぞいて、結局一冊か二冊買ってきてしまうから、やはりよほど本が好きなのだろう。



池内 紀
Osamu Ikeuchi

(ドイツ文学者)
木下 威『手作りログハウス』(中公文庫)


 フシギな本である。タイトルにあるとおり、手作りでログハウスをつくったことが書いてある。写真もついている。「予想以上の見事な出来上がり」と当人が自讃しているが、写真で見るかぎり、ごくふつう、あるいはふつう以下で、ログハウスというより「丸太小屋」のほうがぴったりのような気がする。
 カバーの袖に著者紹介があり、顔の大きな、おっかなそうなオジさんがいる。アウトドア関係の人かと思うと、そうではなく大学の先生で、専門は政治学。『片山内閣史論』といった著書がある。
 裏のカバーに「文庫オリジナル版」とあるように、ある日、突然、中公文庫の一冊としてあらわれた。翌年、姉妹篇にあたる『森で暮らそう』が同じく文庫オリジナルとして出た。政治学関係を除き一般向けの木下威の著書は、これ二冊きり。出版の世界にあって、あまりないケースではあるまいか。
 「土地を求めよう」「水をどう確保するか」「木を倒す」「木を運ぶ」……。いかにも手作りの経過が述べてある。しかし、あいだに「僕は何者であるか」といった章がはさまる。「丸太を削る前に」は皮削ぎとか乾燥のことが言われるのかと思うと、ここには丸太の丸の字も出てこない。かわりにこんなくだりがある。
 「人間は年とってくると、ますますいうことを聞いてくれる人を欲しがるが、反比例してまわりはいうことを聞いてくれなくなる」
 もっともフシギなのは、むろん、中味のすばらしさである。ここには手作りログハウスの名のもとに、一つの王国建設がつづられている。作りながら考えたこと、思ったこと、思い出したこと、夢見たこと。上質のユーモアが人となりを告げている。
 四年がかりで作り、「酔酔亭」と名づけた。「すいすい」だが、ヨイヨイとも読まれるのがシャクだそうだ。勢いあまって別棟の風呂をつくり、こちらは「ごくらく湯」と命名。
 世の中には人生の賢者がいるものだ。



中条 省平
Shouhei Chujou

(学習院大学教授)
日本語になったヘーゲル


 バルベー・ドールヴィイという十九世紀フランスの小説家に興味をもっていたことがある。狂信的なカトリック教徒のくせに、流血と残虐なエロスに骨の髄まで憑かれて、悪趣味な小説をたくさん書いたデカダン派の大立者だ。
 この小説家が人相学や骨相学(頭蓋骨の形態で人間の諸能力を判断する)を信じていた。これは十九世紀ではけっして珍しいことではなく、たとえばバルザックもそうした学問を信奉していた。当時、最先端の「知の技法」だったのだろう。
 そこでヘーゲルを読む必要が生じた。
 ヘーゲルの『精神現象学』は、人相学や骨相学を、「科学的」な思考のひとつの典型としてとらえ、これへの批判から、創造的な行動と否定としての自由という、重要な人間の条件を導きだしているからだ。
 しかし、そんな道筋が分かったのは、フランス人学者イポリットの解説を読んだあとの話である。初め、『精神現象学』を樫山欣四郎や金子武蔵の日本語訳で読んだのだが、なにも分からなかった。だが、悪いのは訳者であることにまもなく気がついた。
 ヘーゲルはしばしばシラーを引用するが、シラーの名文が、彼らの訳にかかると、やはりちんぷんかんぷんの日本語になっていたからである。この人たちはヘーゲル研究の大家ではあるが、ドイツ語と日本語が下手だったらしい。
 その後、長谷川宏訳の『ヘーゲル哲学史講義』が出版され、前後して、ゴダールの『新ドイツ零年』が封切られた。
 「哲学は現実世界の崩壊から生れる……歴史は善悪の彼岸にある。日常生活の彼方にも……普遍的な歴史に至福の場は存在しない……」
 ゴダールの引用するこんなヘーゲルの言葉に導かれて、私は長谷川訳を手にとった。 。そこに、初めて日本語になったヘーゲルがあった。それ以来、おりにふれて、ヘーゲルは多種多様な問題について思考をするどく刺激してくれる本になった。文字どおり、面白くてためになる私の実用書なのである。



渡辺 えり子
Eriko Watanabe

(劇作家・演出家・女優)
私は誰?


 一体自分という生き物は何者なんだろうと昔から考えていた。
 そして三十代のなか頃から、日本人って一体何だろうと考えるようになった。
 子どもの頃からシェークスピアは知っているが、近松や南北は知らないという風に教育されてきた。
 女性が書いた作品より男性作家の作品、日本の戯曲より欧米の戯曲に触れるという機会の多い時間を経て、ますます自分が何者か判らなくなったように思う。
 今年の二月、アジア女性演劇会議に出席して、どうも我々日本人はフリークなのじゃないかとつくづく感じた。
 「つくる教科書の会」の教科書が問題になっているが、元々戦後の教育の基本というものが、あいまいだった。全世界と日本という距離をどうするのか? 事実をどう伝え、心の有り様とどう折り合いをつけ、どう考えるべきか、心底、未来を見据えた教育に悩んだ大人がどれくらいいたのか? 神話は神話に過ぎない。そんなことより、日本人とは何なのかをもっと探りたい。日本で生まれ育った外国人も日本人だと私は思う。日本人は日本を知らない。そのように教育されてきた。それでは諸外国と比較もできないし、誇りなど持てようはずもない。日本を知り、その責任を持つことが重要だろう。『M/世界の、憂鬱な先端』を読んでますます思いが深くなった。自分に厳しく、逃げずに、探っていきたい。勇気を得られた本だった。


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