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| 第 五 号 |
| 原田奈翁雄 Nao-o Harada (季刊個人詩『ひとりから』編集発行人) |
問うことが仕事 私たち人類は、この新しい世紀の百年を生きのびることができるのでしょうか。 太平洋の島々に暮らす人びとは、足もとが海に没するさし迫った恐怖におののいています。極地の氷が融けて、海水面が上昇しつづけているのです。 南米、東南アジアで、熱帯の樹海が急激に失なわれ、北米、ユーラシアの両大陸で砂漠化が進んでいます。大量の地下水の汲み上げで塩分が地表をおおい始め、農薬や化学肥料で微生物が死滅し、地力が豊かさを失ないつつあります。環境ホルモンは生きものの生殖能力を奪い、大気汚染、オゾン層の破壊はやまず、いずれ各地で水の奪い合いが始まることも予想されています。 何を措いても、人間たちは必死になって早急な対応をせねばならぬはずです。どの問題をとっても小手先のきかぬことばかりです。 それなのに、私たちはいったい何をやっているのでしょう。 核に集約される超巨大、兇悪な軍事力で世界を支配しつつある大国の唯我独尊のふるまいは、各地に貧困と憎悪をかき立て、環境と人間の破壊を恐れない。そしてこの日本をはじめ、権力を独占する諸国家体制は、積極消極の差はあっても、そのような大国への追随の道を歩むばかりです。 私たちは、何と広汎かつ強烈複雑な課題の前に立たされていることか! 人間は、無意味や退屈を生きることができません。容易には解くことのできない課題の壁は、だからこそ人間の生の意欲を燃え立たせ、強く励ますものでもあるはずです。 編集者とは、問うことを仕事とする人のこと。みずから択ぶ課題を負って、これぞと思う人びとに問い、多様な解決への筋道を読者に呈示して、共にする模索の意志と努力を組織する。多大な難問を残したまま去らねばならぬ老編集者は、あすを担うあなた方に、大いなる希望を託すほかはないのです。 |
| 安原 顯 Akira Yasuhara (スーパーエディター) |
クズ大人をぶっとばせ! 編集者には、広く雑誌と単行本の二派がある。 雑誌はその週や月に、他の競合誌を抜いて売れればいいものだが、単行本は、最低でも半年間は書店に置かれ、売れ続けて欲しいものである。また単行本は原則として著者は一人、一点物のため、書名、内容、装丁など、雑誌とは違う。 とはいえ両者ともに、基本姿勢は同じとも言える。編集者の最大の仕事は「企画」にあるからだ。 雑誌の特集でも単行本でも、日に十本の「企画」を立てられぬ者は適正なしと考え、転職した方がいい。さらに言えば、「企画」とは、単なる机上のものではなく、筆者に依頼、引き受けてもらい、締切日までに原稿が入り、それが依頼通りの内容の場合、初めて「企画」として成立したことになる。 欧米の例は知らぬが、日本では雑誌の特集や連載、単行本の企画など、決定権は編集長やデスクが握っている。しかしぼくの知る限り、若いスタッフに比して企画力は百倍、それを現実化する筆者も百倍抱える者など皆無に等しい。他のいわゆるサラリーマン同様、編集長もまた実力ではなく、年序列(功はなし)や、ゴマ刷りでその地位に就いた者が圧倒的に多いからだ。 彼らは筆者には会わず、文化には無知、興味すらなく、考えるのは保身のみ、冒険など間違ってもしない。日本の雑誌や単行本がつまらぬ理由の一つは、優秀な若い編集者の「企画」を編集長やデスクが拒否し、次第に腐ってしまうことも大きいのではないか。ここでは若い編集者の肩を持って書いているが、実際には、そうした編集長やデスクよりさらにレヴェルの低い若者がいるのも現実なのだ。 若い編集者は、著者には日に最低でも三人会い、本は日に三冊以上、映画は日に一本、コンサートは二日に一度、CDは日に三枚は聴く。雑誌はコンビニで日に二〇冊はめくり、給与の半分は自己投資に使って欲しい。つまり編集者とは職人ゆえ、己を磨いてさえいれば、欧米の出版社に売り込んで働くことも可能な職業だからだ。 どの会社にいてもそうだが、会社とは諸々の意味で「利用する」場であり、「利用価値なし」と感じたら、さっさと捨て去るところだとぼくは考え、実際にそうしてもきた。 日本が崩壊する最大の理由は、脳のない人間が仕事をしているふりをして会社にしがみつき、有能な人間の邪魔をする場と化し、経営者もそのことを許容し続けてきたからである。 心ある若い諸君! クズ大人をぶっとばし、前進し続けて欲しい! |
| 村松 友視 Tomomi Muramatsu (作家) |
編集者諸君、〈編集者〉たれ あいつは〈できる編集者〉だ……というセリフが、私が編集者をやっていた頃は横行していた。〈できる編集者〉になりなさい、などと後輩をたしなめている先輩編集者もよく見かけたものだ。私は中央公論社で発行していた文芸誌『海』の編集部に在籍していたから、とくに純文学をになう文芸誌の編集者の中で、このセリフを聞いていたのだが、他のジャンルの編集者の中でも、よく使われていたのではなかろうか。 私は、このセリフに首をかしげた。私が体験したところでは、〈できる編集者〉と〈できない編集者〉、〈優秀な編集者〉と〈優秀でない編集者〉が存在するのではなく、〈編集者〉か、そうでないタイプすなわち〈サラリーマン〉の二者に大別されるというふうに見えたのだ。 ここで言う〈編集者〉は、自分のこだわりをもつ編集者で、〈サラリーマン〉は編集長など上の者のプランを請け負って仕事をする編集者、つまりこだわりが何もない編集者ということになる。文芸誌のジャンルで言うならば、他人はまったく認めない三流といわれる作家でも、その人の作品、才能に入れ上げている編集者は、やはり〈編集者〉なのだ。 〈編集者〉には当然、編集長や会社の方針と対立する面が出てくるが、その壁に立ち向うことに快感をもつ才能が必要だ。そして、自分が認める作家に、日常的な意味での迷惑をかけられ、社員としてのリスクを与えられたとしても、むしろそのリスキーな状態を秘かなる励み、屈折した誇りとして受け止める感性が不可欠である。 そして当今、とみにそんな〈編集者〉が姿を消し、〈サラリーマン〉が激増したという実感を、書き手の側に回った立場でかみしめるケースが多い。逆に言うならば今日、書き手の側から渇望されているのはそういう熱をもつ〈編集者〉であり、新人諸君の大いなる狙い目ということになるのである。 |
| 辻井 忠男 Tadao Tsujii (みすず書房) |
若き編集者へ、一つだけ いまの会社になんとかもぐり込んでもう三〇年余を過ぎたから、年数だけはヴェテランの部類かもしれない。しかし、いっこうにそんな気がしない。知恵の蓄積もおぼつかないし、気概はむかしの方がたのもしかった。それでも、長いあいだには、ヴァージニア・ウルフやE・M・フォースターの著作集を、去年から今年にかけて『飯島耕一・詩と散文』を出し、いまは『外山滋比古著作集』の校正をしている。それぞれ、わたしにとって敬愛する作家・詩人・学者であって、編集者の生き甲斐とは、まずそうした人たちの本を刊行することだろう。自分の好きな著者たちの本を出すことが、老若を問わず、編集者の夢である。わたしはそうしてきたし、これからもそうするにちがいない。 とつぜん私事にわたるが、去年の夏から冬にかけて〈ウツ〉に陥ってしまった。ひどい倦怠感や食欲不振に悩まされ、何カ月ものあいだ、ひとに会う気がおこらず、校正のゲラはもちろん、新聞を読むのも嫌であった。これには困った。文章が読めないでは仕事にならない。いたずらに悶々としていたとき、何かが閃いた。詩の断片――「何もつよい興味をもたないことは/不幸なことだ/ただ自らの内部を/眼を閉じて のぞきこんでいる。/何にも興味をもたなかったきみが/ある日/ゴヤのファースト・ネームが知りたくて/隣の部屋まで駆けていた」(飯島耕一)。なるほど。ゴヤの名に匹敵するものが現われるまで耐えるしかない。そう思いさだめると、すこし心が鎮まった。 つまるところ、本は人間と同じである。多様であっていいし、どんな本でも意味があるだろう。しかし、ただ一点、本は読む人間を元気づけ、励ますものであってほしい。若き編集者に望むとすれば、いまはこの一点のみか。 |
| 小田 久郎 Kyu-ro Oda (思潮社・代表) |
もの判りはよくないほうがいい 私は大出版社の編集者をやった経験がないので、編集者になってからの歳月が長いからといって、もっともらしいことや大それたことはいえない。大手の出版社を志すひとたちにとっては、私の半端なアドヴァイスなどなんの足しにもならないのではないか、と書くまえから危ぶむ。 それを承知のうえで、なにがしかのクンカイを垂れようとするのは、ほかでもない。ついこのあいだ社団法人出版梓会という中堅の人文科学、社会科学系の出版社の団体が作っている「出版文化賞」の特別賞をもらい、その授賞式でこんなことをしゃべったことがあったからだ。そこで受賞の挨拶としては異例だが、「ふつうの出版社になるな」「出版で成功しようと思うな」「出すまえから売れると判っているような本を出すな」という「わが戒律」を開示したところ、準大手の編集者が近寄ってきて、「よく言ってくれた。私の社ではなんでもかんでも「売れる本を出せ」の一点張りです。これで出版という創造行為が果たせるでしょうか」と共感してくれた。 とすると「予め売れると判っているような本を出すな」というのは、反語でもなんでもないのではないか。だいいちいまのような先行きの判読しにくい時代では、まともな神経で「売れる本」を作り出すのは容易ではない。だったら、むしろ極めて個人的な手つきで、特定少数読者にだけ強く伝達できるものを手渡そうとするほうが、かえって有効な出版行為なのではないか。その意味では強情で、もの判りのよくない奴のほうが、いまの編集者には適しているといえるだろう。 |
| 津野 海太郎 Kaitaro Tsuno (「本とコンピュータ」総合編集長) |
なにもいうことがない 若い編集者に向かっていいたいこと? とくにないなあ。 私の知っている範囲でいうと、たとえば筑摩書房の松田哲夫さんは編集者として「プロ中のプロ」だとおもう。そういう人には若い人にいいたいこと(お説教)が山ほどあるにちがいない。だけど私はちがうからね。長いあいだ演劇と出版の二本立てでやっていたせいもあって、自分を掛け値なしのプロと考えることができない。しいていえば、「アマ中のプロ」といったところだろう。アマはアマチュア。つまりシロウト。私にとっての出版とは、ようするに、どこまで行っても「武士の商法」なのです。 シロウトには自分以外の人につうじる規範や方法がない。やりたいことを、その場かぎりのやり方でやるだけ。そういう人間に「若い編集者に向かって」といわれても困惑するのみ。せいぜい、あなたが本当におもしろいとおもうことをやってよ、というぐらいのことしかできない。 でも、いまの出版界で自分がやりたいことやるというのは至難のわざだからなあ。むかしだってじつは同じなのだけど、それでも、いまにくらべれば多少の隙間はあった。その隙間で私のような人間も辛うじて生きのびることができた。おぼつかない「武士の商法」でも、なんとかやってゆけた。いまはその隙間がない。あっても極端にせまい。だから、なにをいっても、私のいうことなど、いまの人の耳にはおとぎ話のように聞こえてしまうだろう。わるかったね、私たちだけがいい思いをさせてもらって。 |
| 竹内 敏晴 Toshiharu Takeuchi (演出家) |
人を斬らぬ法 江戸時代の半ば頃に一人の剣の名人がいた。天下にもはや敵するものがなくなったある日、かれは、はたと気づいた。 自分が必死になって修業して来たことは、つまるところ人の斬り方にすぎない、と。いや、上泉伊勢守とか塚原卜伝とか、神の如くに敬われて来た名人たちも同じことだ。これは結局、けものがえものに跳びかかって引き裂き、噛み殺すのと同じ業ではないか。 かれは以来これを「畜生剣法」と呼び、人間の剣法とはなにか、と探り始める。そしてようやく、人を斬らず人に斬られもしない境地に到った時、かれは「相ぬけ」と名づけて最上の剣法とした。 しかし、かれの志は三代で絶えた。かれの至芸の奥儀を探ろうとする剣術者は多かったが、かれの志を継ごうとするものはなかった。 今、大量殺人の世紀明けに、人を斬らぬ剣法、共に生きのびる兵法の志に応えようとする武の修業者はいるだろうか。 |