■今月のよもやま ■バックナンバー |
休日。きゅうじつ。いい響きだ。さて、きょうは、とこう考える時間がたまらない。時の主人になった気がする。時をかける中年。……ん!? 部屋を掃除し、安楽椅子に深々とからだをあずける。だれに邪魔されることもなく読みかけの本を手にとる。これです。この瞬間がたまらない。至福の時がおとずれようというものだ。 ハラが減ったら冷蔵庫を開け、適当なものを取り出す。このごろは、お湯を沸かせば何とかなるし、レンジでチンで済むものもあるから、独り者には便利な時代になったものです。 眠くなったら本を置き、ねむればいい。目が覚めたら薄暗くなっていることもしばしばだが気にすることはない。ちょっと不安になって外へ出てみることはある。こんな時代だ。突如廃墟と化していた、なんてこともあり得ないわけではないから。しかし、よ〜く目を凝らせば、かなたにランドマーク・タワーは見え、別に異変もなく、俺の頭も急におかしくなったわけでもなさそうだ。現実がちゃんとそこにあることをたしかめればそれでよし。またいそいそと部屋へ戻る。 休日の読書には古くて長いものがふさわしい。全集もいい。 古い時代はまだ学問も未分化な状態にあったらしく、人間を総体としてとらえ、真理探究の志が高い(と思う)。素人には有難く、読んで面白いものが多い。 影響力でいえば、経済学ならなんと言ってもマルクスの『資本論』に止めを刺すのだろうが、読んで面白いのはアダム・スミスの『諸国民の富』(『国富論』と訳してあるのもある)だ。心理学ならやはりフロイトとユングだろう。 『ユング自伝』のなかで、ユングがフロイトを訪ねたときに、部屋にあった皿がバリンと割れたなんていうのは、マジかよと思うけど、想像するだけで『レッド・ドラゴン』よりもわくわくする。民俗学なら柳田国男と決まっている。眠くなる本ということでも、東洋のチャンピオンに違いない。 さて、小説。プルーストは嫌いではないが、コーヒーをがぶ飲みしながら借金に追いまくられて書いたバルザックには到底かなわない。 ロシアに行くと、まず、トルストイとドストエフスキーということになるのだろうが、チェーホフやゴーゴリを全集でどかんと読むほうが濃厚な味を楽しめるというものだ。 語学ができればすぐにでも読み始めるのに、才能乏しく叶わないので、日本語訳が出るのを今年か来年かと指折り数えて待っている小説がある。一つは、マルタン・デュ・ガールの『モーモール大佐の日記』、もう一つは、ソルジェニツィンの『赤い車輪』。どちらも、二人の代表作『チボー家の人々』『収容所群島』よりはるかに長いんだそうだ。 二つとも翻訳が始まっているという記事を新聞で読んでから(切り抜いてしばらく持っているうちに身辺騒がしくなって、どこかへ紛れてしまった)、現れない恋人を焦がれるように待ち続けているのだが、一向に現れない。両方、あれから二十年近く経っているだろう。まだ一巻も出ていない。 死んだ息子を諦め切れずに待っている岸壁の母みたいなものだ。このまま出てくれないと困る。ヤバイじゃないか。だって、いまボクは45歳、誕生日がきたら46歳。与えられた休日にも限りがある。 二人とも好きな作家なので、日本語訳が出たら絶対読もうと思っている。翻訳にかかっている訳者の方は大変だろうと思いますが、そこんとこよろしくお願いしますデス。ラーメンごちそうしますから… |
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