
■新井奥邃を語る (月報より)■
| 新井奥邃師に学ぶ |
| 鈴木亨 (思索家、元・大阪経済大学学長) |
奥邃が「未だ世界全体が救われないのに、特にまず一個体又は数人のみが円満に救はれると云う事は必ずあるべからざる理を知らなければなりません」(永島編『奥邃先生講話集』一四四頁、警世社)と言っているのは、まさに大乗仏教における救済観と同じであって、法蔵菩薩が「衆生みな救われざれば、我正覚を取らず」と言ったことに通ずるものがある。したがって奥邃は「救われた人ではなく、人皆共に救われようとする人であった」と言われるのも、このような思想から来ているのであろう。洋の東西を問わず、究極にまで突きつめられた思想は必ず響き合うのである。私の言う「響存的世界」である。 またある人が奥邃に「天皇は神聖にして侵すべからざるものだ」と言ったのに対して答えて「侵すべからずといふのは啻に天皇ばかりではありますまい、人は皆神聖にして侵すべからざるものです」と答えているのは、「神の前における人間の絶対の平等」というキリスト教の根本精神を示すものとしてキリスト者奥邃の面目躍如たるものがある。 さらに彼は人間の尊厳と平等について次のように言う。 「人は夫れ貴尊なり、其貴たる何を以て其れ然る、其徳性を以てに非ずや、必しも位階に在らず、財貨に非ず、然れども其性を養ふを為さずんば、其れ餒ゑて亡ぶ、然らば則ち之を養ふ所以の者何ぞや、誠に平等の生活の外に在らざるなり、故に人は皆其生活を平にするを要す、然らば則ち平等とは何ぞや、天下の衣服飲食をして皆相同じからしむるの謂乎、是れ死等なり、平等に非ず、夫れ平等は人皆勤労して日用の糧を享有し、有余なく不足なく、其宜を得て其他を願はざるに在り、此の道を愛して他の望なく、而して其慾と怒とを本根より除き去る所に存す、平等の意義夫れ此に在り、豈他あらんや、其身の修る所以乃ち此に在り、其心の正を得る所以乃ち此に在り、其意の誠なるを得る所以乃ち此に在り、其知の明にして惑はざるに至る所以乃ち此に在り、此れ一切平等なる人生生活にして、果して之を能くすれば能くせざる所なし、果して之を能くすれば、天下和平にして天楽永へに尽くることなけむ、故に人の尊貴は、天下と共に徳性を養つて之を全うせしむるより尊きは莫し、民人をして誠に能く作新せしむれば則ち是れ必ず観るべし、」(『著作集』第五巻「家訓補」三〇一〜三〇二頁) この思想に至るまでに彼らが箱館を中心とする新共和国を建設しようとしたのは一つの優れた社会的実践活動であった。それは坂本龍馬の抱いた共和国の思想と通じるものがあったが、龍馬はそのために邪魔者として暗殺されたのであった。明治政府が指導者とした吉田松陰は人の知る通り殖民地思想の持ち主であり、その道を突き進んだ結果が太平洋戦争の敗北に連なったことにわれわれは深く思いをいたさねばならない。国民的小説家といわれる司馬遼太郎のような、明治政府の功業の誇大な描写は時代に阿るものであって、今次の敗戦の萌芽がすでに明治政府の奇怪な成立そのものに胚胎していたことを深く反省し、今日もまだボロを出し続け、国民の憤激を買いながらも、世にはびこる山縣有朋に由来する官僚事大主義を克服して真に民主的な政治を創り出さなければ、今後の日本の行方は暗澹たるものとなるだろう。 日本の思想家を称し、哲学者を名乗る者の多くは自己になんらの独自な原理を持たず、ヨーロッパの思想家、哲学者から借用した思想で文章をつくる評論家にすぎない。思想家や哲学者に値いする者は他の誰にもない独自の究極の原理を持つ者でなければならない。現在なおわがくにの思想界はヨーロッパ思想の殖民地であることを脱しない。真に思想家であり、哲学者である人は明治から現在にいたるまで希有の存在である。 しかるに新井奥邃は父母神という世界にまだ見ぬ思想原理を中核に据えることによって、現代にまで生き続ける独創的なキリスト教思想家である。現代に思索し、哲学する者は、このことに深く学ばねばならない。今や新井奥邃は現代日本におけるキリスト教思想の偉大な先駆者として屹立し、後学の仰いでその高さを見、苦心精進して登攀を試みるべき孤高の高山の一つなのである。 |