新井奥邃を語る (月報より)



読者が少しずつ広がって…新井奥著作集を推薦します。

永島吉太郎氏のインタヴューより


作曲する時、モーツアルトの頭には音楽の全体が一挙に、既に完成された形で浮んだらしい。作曲とは彼にとって、頭の中にある全体としての音楽を時間軸上に翻訳・展開することであった。作曲とはおよそ「創る」という行為とは無縁のものなのだ。彼が音楽を創るわけではなく、音楽は端的にそこに「ある」。作曲とは単にそれを五線譜上に写しとるだけのことなのである。



 こんな話を引き合いに出しながら、先生は神の愛について語って下さいました。言葉としては「神の愛」なんて誰もが理解できる。だけどその観念的な理解を超え「実感としてその言葉をしみじみと感じ取れるようになったら、どんなに幸せなことかと思いますね。」



 音楽と同じように神の愛は端的にそこに「ある」。言葉や論理によってそれを理解するのではなく、それを実感すること。身体で味わうこと。静かに、しかしいかにも愉しそうに話す先生は、その歓びをしみじみ実感されているようでした。