新井奥邃を語る (月報より)



麓から仰ぐ高い山

金光寿郎 (放送ディレクター)

 いつの間にか本が溜まってしまうので、場所をとる全集類などできるだけ買わないようにしている私が、現在集めつつあるのが新井奥邃先生の著書です。新井奥邃という名前を最初に聞いたのは、笠原芳光先生がテレビ「こころの時代」で新井奥邃先生の生涯と思想、信仰について紹介されたときのことでした。明治維新という激動の時期を越え、アメリカで三十年近く暮らし、帰国してからは隠者的生活をしたという、波乱に富んだその経歴の面白さ、父母神という表現の珍しさ、儒教的東洋思想と融合したキリスト教表現の幅の広さ、自分の写真や肖像を残さなかっただけでなく墓まで建てさせなかった隠者的生活ぶりなど、何となくこれから将来の宗教共存の在り方を暗示しているように思えて、新井奥邃という名前が心に残りました。



 それからしばらくして、工藤直太郎先生の本『新井奥邃の思想』があることを知り、工藤先生が小平市にご健在ということを知ったので、工藤先生のお宅まで出掛けてお話を伺うこともできました。



 その後、横浜の太田愛人牧師にお願いしたラジオの放送で、明治時代のキリスト教の開拓者、三人を紹介された中の一人が新井奥邃先生でした。 そこでも、生涯の話や父母神のことが話題になったのは当然ですが、『奥邃広録』に他人の文章の引用がないこと、聖書の引用さえ少ないこと、そして同じ明治時代のキリスト者である内村鑑三などが自分の体験談を表面に出したのと違って、アメリカ滞在中のことを聞かれても「少々、キリスト教を学んだだけです」と答える程度で一切自己表現をしたがらなかったこと、足尾鉱毒事件の田中正造が訪ねてくると、「お風呂にお入りなさい」とまず風呂に入ってもらったということなど、独特の風格を一層強く感じました。



 父母神という表現が、正統なキリスト教で認められていないことは知っていましたが、その前から私は、人間の話す言葉の意味には深い浅いがあり、説得力にも強い弱いなど多様な様相を持っていると思うようになっていました。それは長野県の高森草庵においでになった押田成人神父から聞いた言葉、「日本語のコトバは、まずコトがあって、そのコトから派生したもの、あるいはコトの端がコトバになったといわれている。コトバの元であるコトを知らないと、本当に力のあるコトバにならないものだ」の内容が次第に重く感じられるようになって、その視点から宗教についての話を聞いているうちに、時代により風土により表現は違っていても、本格的な宗教的表現の元にあるコトは共通しているようだということでした。



 宗教でコトというのは、現代の優れたキリスト教神学者の一人、ティーリッヒ博士の言葉を借りますと、「究極的に無限定なもの」の自覚ということになりましょう。言葉の元にあるコトの自覚という点は、時間を超え、風土を超えて、本当の宗教者に共通しているように思えてなりません。そして、もう一つ真の宗教にとって大切なのが自我の克服という点だと思います。



 新井奥邃先生の言葉にも例えば、『新井奥邃著作集』第二巻二五八頁の「預言」という文の中で、自然界の人は、自我が其の心の根本になっているものであるが、新天地の人となるにはどうすればよいかという問題を取り上げて、「どの処より変り始じむるか、自我の征伐より始まる」とあり、同じく『著作集』第二巻五〇頁の「我に死し神に活く」という文の中で、「我慾は真の箇人たる己れに非ざる也、其の慾にして悪なる者、即ち真の己れの讎敵也。…己れ真に之の慾に勝ち、既に自我の生命に死し、夫れ而る後(即ち自我既に己れの中に滅亡して而る後)己れ能く貴神に於て活くべき也、有神無我の道夫れ如此し…」とあります。



 また、『著作集』第二巻一七四頁には、「宗教とは何ぞや。凡そ名目に拘りて其実を誤るは禍なり。名は如何にもあれ宗教に二つあらず。真の宗教は惟一、即ちクリスチャニテー是れ也。之と偕にする者皆クリスチャンならざるは無し。凡てクライストに属するはクリスチャン。クライストに従ふ者是れ。クライスト通りの者是れ。故に真の人道なるものは其表面は如何にあれ皆クリスチャンならざるは無し。釈迦牟尼の如きも道を其身に体せし限りは其生日の耶蘇と先後如何に拘らず亦クリスチャンなり。何教にせよ何学にせよ其中に真の人道の含まるゝあれば其含まるゝ限りは即ちクリスチャンにして之に背ける者は総べて邪教なり。基督教の標札を掲ぐと雖も邪教なり。基督教の標札を掲ぐれば之を掲ぐる程愈益邪教なり」とあります。奥邃先生が仏教や老荘思想を痛烈に批判している文章を拝見しますと、その通りと納得できると同時に、釈尊の説かれたコトを体験した人には会っておられないのだろうという思いもあります。多くの宗教者の話を聞いてきた私は現在そんなことを思っていますが、奥邃先生の教えについてはまだ資料を集めつつある積ん読段階ですから、入り口にも入らないで、遠くから眺めている状態に過ぎません。しかし、日本の近代が生んだ偉大な宗教者、未来の指標となる聳え立つ高山に似た印象を持っている方であります。