新井奥邃を語る (月報より)



新井奥邃の父母神思想と
フェミニスト神学の視点

コール ダニエル(福岡女学院大学教員 )


 キリスト者新井奥邃の神観の特徴は、何といっても神を「父なる神」ならぬ「父母神」ないし「大父母なる神」と呼ぶところにある。この父母神思想は一世紀を経て今なお衝撃的であり、いまだ完全に消化されているとは言えない。


 北米では、一九七三年のメアリー・デイリーの著書『父なる神を超えて―女性解放の思想に向けて』による問題提起を皮切りに、「父なる神」の概念と呼称をめぐる議論が繰り広げられてきた。そして一九九五年には、性別・人種・身体能力、その他の事柄に対する軽蔑的・排除的表現を可能なかぎり避けようとするThe New Testament and Psalms: An Inclusive Version(New York: Oxford University Press, 邦訳『聖書から差別表現をなくす試行訳―新約聖書・詩篇』DHC社、一九九九年)が出版、「父なる神」がついに「父母なる神」と訳されるに至った。


 キリスト教の伝統的《三位一体》の教義では、例外はあるにせよ、「父・子・聖霊」が概して男性的なイメージで捉えられてきたので、例えば「主の祈り」の冒頭の神への呼びかけがこの訳では Our Father-Mother となったことに、行き過ぎだと非難したり、拒否反応を示した読者も相当いたが、逆に画期的だとする歓迎の声もあがった。


 日本ではどうだろうか。大嶋果織の報告(「日本の文脈における「神の呼称」、『福音と世界』一九九六年一二月号)によると、日本の女性キリスト者やフェミニストたちの間で、女性にとって抑圧的であるとの考えから、礼拝などで敢えて「父なる神」を使わないという、消極的な実践は確実に広がっているそうだ。だが、「母なる神」や「父母なる神」の呼称が積極的に主張され唱えられているかといえば、そうではない。


 その理由は単純明快。「父母なる神」というメタファー(隠喩)は、「父」と「母」が対等な《対》の場合は意味を発揮するわけだが、生身の父がわが子と同様、子供になりがちな父親不在の日本家族の実態では、「父」と「母」の対等性は空疎な観念にしかすぎないのだ。いや、わが子だけでなく、夫をも「受容し許す母」の役割を迫られている女性たちにとって、「父母なる神」の呼称はあまりにもオメデタク、空々しいというのである。


 思うに「父母なる神」の呼称は、神が本来、性別の枠を越え、父性と母性を包含・超越する存在であるという極めて聖書的な真理を突いているといえる。その呼称を女性たちがすんなりと肯定できない日本のこのような現状が問うているのは、男性たちのあり方ではないだろうか。


 これを踏まえて奥邃の父母新思想を点検すると、やや思弁的ではあるが、こういった状況と問題意識を見越したかのような鋭い言説に突きあたる。


 奥邃は「神は父なれど母ならず」とする排他的な姿勢を「世の無神論者の因りて起る所なり」と断言し、さらに「凡そ女子を奴隷視する者は、即ち以て天の母を奴隷視するなり。…今の世の男子は特に傲慢自ら優とす。是れ天の父母に対して大不敬罪なり。かくのごとき如此ものは者いずくん焉ぞ能く神を信ずるを得んや」と喝破する。(『著作集』四巻、四一五頁)女と男双方の人格的対等性こそが神に仕える正真な信仰の前提なのであって、逆にこの対等性が成りたっていない性差別の実状を等閑視することは、神に対する背信行為にほかならないというわけだ。


 奥邃はこうも主張する。「男子は婦人の一半にして婦人は男子の一半なるも(一半の字此処に於て妥当)其生命の潜在力に於て、婦人は男子を先天的に指導す。男子は表外に主たり。其性也。婦人は、亦性に従つて、内裏の実生命を統括す。此に於て主たり」(『著作集』七巻、一八三頁)


 これはプラトンの『饗宴』で語られた男女両性具有者の神話にまで遡り、ロマン主義に影響された古典的ユング心理学のアニマ・アニムス論に類同した言説である。そこには男性性と女性性を《ソト》と《ウチ》の型にはめて、固定的に二分化する本質論の危険性が潜んでいることは否めない。だが奥邃の眼目は、むしろ女も男もともに《主体》だとする積極的主張にある。


 また、奥邃を明治後期から大正時代にかけての「大正生命主義」の思潮に位置づけるのも可能かつ有意義かもしれぬが、彼は決して母性主義を提唱しなかったことを忘れてはならない。奥邃にとって、「母性」とは「父性」に比して、とりわけ推奨や保護の対象とすべき「女徳」や「女性の本能」ではなかった。


 ともあれ、いま、男性に向けられているフェミニズムからの問いかけと最も響きあう奥邃の言説は、当時の婚姻と「家」制度、そして「良妻賢母」教育の欺瞞に対するスタンスであろう。後者はさておき、ここでは前者を取りあげよう。


 一九〇二年に発表した「家庭論」で、奥邃は「東洋邦国久来の習慣は、女子を「嫁」するや、ただ啻に其男子を以て其夫と為すのみならず、其実は、其男子及び其先祖代々のきょぼ墟墓仏壇家風形式其親戚眷族の勢力感情及び其評議意見を統計して之に嫁する者也。ようちょう窈窕薄弱なる一少女身を以て此の堅忍山の如き重荷を負う者也。之が為に奴隷と為りて其女格の自由を失ふ者也。…女子たる者、たとえ假令其夫家の黄金財産を熱慾せざるも、若し其心身に於て先祖以来の霊魂より及び其親族れんたい聯隊の感情相談に至るまで服役せば、是れ其婢奴たるを免れず、人鬼凝結して一夫に出現し、而して以て其婦を圧迫する者なり」と論じている。(『著作集』一巻、二一五〜二一六頁)


 ここで「女格の自由」という凛々しい表現に遭遇する。そこには男女の生物的な性機能の違いとは別に、社会・歴史・文化的に創出・再生産される性別分類とその自覚、つまり《ジェンダー》の視角に発展する認識が芽生えている。百年前の明治日本、「人格」の概念ですら、確立されていたとは言いがたいだけに、驚かされる。


 夫婦のあり方についても、奥邃の立場は、キリスト教の結婚式でよく耳にするパウロの言葉に比して格段に対等的である。『エペソ人への手紙』五章二一〜二八節でパウロは言う。(奥邃と同時期の文語訳による)「キリストをかしこ畏みて互にしたが服へ。妻たる者よ、主に服ふごとく己の夫に服へ。・・・教会のキリストに服ふごとく、妻も凡てのことに夫に服へ。夫たる者よ、キリストの教会を愛し、之がために己を捨て給ひしごとく、汝らも妻を愛せよ。・・・夫はその妻を己の体のごとく愛すべし。妻を愛するは己を愛するなり」


 パウロは相互に仕える関係を提唱しているようでいながら、夫をキリストに、妻を教会に見立てている。そのため対等のはずのその関係は容易に夫(しかも自己愛に満ちた夫!)優位の垂直関係に変質してしまいかねない。妻に求められているのと同様な夫に対する妻への服従の命令は、ここにはない。


 対する奥邃の言説では、父母神のもとでの夫婦の水平的な関係性が鮮明だ。「或人家庭の道を問ふ、答へて云く相愛せよと、…吾人当に母につか事ふる所以を以て其妻に事ふべし、…当に其妻を愛敬して其愛敬の実を日常の行事に尽すべし、…若し其妻を敬愛して之に奉事せざる者は、是れ其事実に於て天の母神を侮辱せるものなり、然り而して妻たる者若し又其夫君を愛敬して天の父に事ふる所以を以て之に事へざれば、是れ誠に神をないがしろ蔑するものなり、とも並に天下を率ゐて沈淪せしむ」(『著作集』五巻、四三三〜四三四頁)


 ところで、「父」にせよ「父母」にせよ、そもそも神を《親》のメタファーで呼ぶこと自体に問題はないのだろうか。フェミニスト神学などでは、神と人間の関係を親子や、王と僕などになぞらえた垂直的な捉え方から解き放つべきだという見方が提出されている。また例えば、「機能不全家族」のなかで親族からトラウマを負わされ、成人になっても自己承認の欲求と自己肯定感の欠如に懊悩している人にとって、《親》になぞらえた神の呼称は、経験上およそ理解不可能だったり、聞くに耐えないこともあるのではないか。


 自らを「クライストの志願奴隷」と規定した奥邃には、神を《親》のメタファーで呼ぶことを疑問視するなど、思いもよらなかっただろう。奥邃とて、特定の時代や文化とその世界観、および自分の生い立ちと素養、生活習慣などの制約から完全に自由ではなかった。ただ、奥邃の神はいわゆる「父親」的な一方的超越者ではなく、宇宙に遍在する《超越》神でありながら、極めてちか親しい存在、「至近至親」な《内在》神であることに留意しなくてはならない。


 ここで「父母神」の呼称が指示される対象(=神)と指示する表現(=父母)との間に成り立つメタファーであることを確認しよう。また、メタファーのこうした指示体と被指示体の間には必ず類似性と非類似性があり、このズレないし二重性が誘発する緊張関係こそにメタファーの啓示力が存するのだ。だが、メタファーが金科玉条であるかのように字面通りの定義とみなされてしまうと、この開かれた啓示性は硬直し、偶像と化してしまう。


 奥邃はこのことを十分認識していた。すべての父であり母である神は「真の人」であるから、彼はそれを「神は真人なり」と簡明に表現する。だが、だからといって「人たるの人」とは到底称せない現在のわれわれを基準にして神を擬人化してしまっては、神を知ることはできないという。性別不定で抽象的な「人」より具体的な指示表現である「ちちはは父母」についても、奥邃は同じ認識に立って論じる。「大父母なる神は、世の父母を以て譬ふべからず、神は万有を愛して愛せざるなく、・・・其愛や過ぎて愛せず、・・・個々の原生に対して又厳密に別遇あり」(『著作集』五巻、三九六頁)


 ここに、わが子を私物化して虐待したり、愛情の名を借りて支配する実のふぼ父母を裁断し、相対化するきっかけが見えてくる。そこから、被虐待児のみならず、大人たちの身勝手な都合によって価値観が歪められたり、過剰な期待を負わされたり、さしたるゆめ志も持てずにたとえようもない閉塞感と空虚な心性のなかで彷徨っている多くの子供たちへと眼差しは拡がり、彼らを代弁するかのような警告が発せられる。


 「一小子をも誤る勿れ、クライスト其中に在ませば也。其子を愛すと雖必ず之を私抱する勿れ、公義の法を犯すに至れば也、若し己の子たるが故に之れ己に属すと思惟せば、甚大に誤る、自身を誤りて又其子を誤る事となる。宇宙の万生は神に於て我れに属すると同時に、我亦神に於て宇宙に属する者なれば也。人々其子に対して注意を加ふべき天職の在る有るも、而れども、若し之を自己の自物と思念せば、一念の下に自我の私欲に溺れて、神前に醜となる。ことさら特更に其子を他人視せよと言ふには非ざれど、宜しく之を他人の子と共に平等に公視すべき也」(『著作集』二巻、六〇七頁)


 もちろん、新井奥邃の父母神思想には制限があり、ただ単に賞賛してはならないだろう。だが、日本社会という土壌で、フェミニスト神学が投げかけるチャレンジを受けとめ、発展的に今日の状況と取り組むとき、日本における先駆を回復・復権しようとするならば、奥邃はまちがいなく先行者として再評価されるべきである。


 その思想には二一世紀に資する有益な端緒と洞察が含まれているのは歴然としているからだ。