新井奥邃を語る



の心を見通す人


 謙和舎には一面コスモスの花がありました。好きだったのですね、新井先生はいろいろな草花が。新井先生の、南に面している部屋の前にはコスモスが秋になると咲くというのです。そして近所の子どもが来たとき、新井先生が子どもたちにコスモスの花を全部くれてやったというのです。子どもというのは、貰った花よりもいくらか残った花の方が気になるというんだね。



 日曜日ごとにキリスト教の牧師が教会で話しているような、聖書のマタイの第何章何節にこういうことがあるとか、そういうことは言わないんだよね、面白いことを言ったね。しかしあの人は偉かった。本当におまえたちは勉強しなければいけないんだということは言わないんだよね。まず余力があれば文を習えと言ったんだよ。
工藤直太郎 (元早稲田大学教授)



啓の言葉


 新井先生が表明されようとしていたことがやはり絶対の神のことであって、それを新井先生は新井先生の受け止め方で書いてくださったわけですから、我々の能力で努力して、到底聴くことのできなかった、天啓といいますかそういうようなものが非常に多いんだと思います。読んだことがありますといっていい本と、読んでいますと言うべき本は別ですよね、聖書の場合でも、読んだことがありますと言って済むものではない訳ですから。
永島吉太郎 (元新潟大学教授)
御父君は『奥邃広録』編者の故永島忠重氏



宙の中にある大きな力を感じる


 小さい頃から新井先生の名前はしょっちゅう聞いておりました。両親ともに新井先生をとても尊敬していまして、新井先生のお身体がお悪いとか、病気になられたとか、そういうことがあると、ちょっと私も家の中で暴れまわっているのが恥ずかしいというのか、怖くなるような感じがするくらい、「新井先生」というと、ビッと体が引き締まるような感じで、家の中ではそれくらい大事な先生ということになっていました。



 「有神無我」という言葉がありますが、神ありて我無し、ただ天地創造の神のみを恐れるということではないでしょうか。宇宙の中にある大きな力、それが同時に道理の根源で、そういう大きな力を信じるというのが、奥邃の思想だったのではないでしょうか。
柳文治郎 (森林技師)
御父君は洋画家の故柳敬助氏




井先生のそばにいるだけで


 新井先生は何にも偉ぶるわけではないし、先生を知る人はみな、いつも新井先生が身辺にあるような感じを持ったんでしょうね。新井先生のそばにいるというだけで、自分は幸せだと思ったんでしょうね、たぶん。
だからさっきも申し上げたように、「今でも私は新井先生は神様だと思います」そういう感じをみんな持ったんじゃないでしょうかね。イエス・キリストを現代に生かしたら、こういう人であろうというふうにみんな思ったんじゃないでしょうか。
決して名誉を求めたり、我欲を外に出したりということはないし、自ら求めたものでなくて、自然と集まってきたもので、つつましく生活していたのですからね。ですから自分から求めたことは一切ないと思いますよ、金銭とか物とかを。
工藤正三 (新井奥邃先生記念会幹事)