深層心理学、キリスト教を思想規範において文学にあらわれた人間の心理と行動を考察するユング主義的文学論。





 

クリックすると買い物カゴをみる



小出龍太郎


2000年 12月

ISBN
4921146195

定価
(3200円+税)

A5判上製




電話が鳴る。小出先生では? 電話をとる。やはり、小出先生だ! テレパシーが通じるほど(?)電話でやりとりしました。(山)


小出龍太郎の胸キュンダイアリー
好評連載中。



日本ユングクラブ
ニュースレター
(2001年9月号)
 ムリヤリ言葉にするなら、あたかも神聖と世俗が土煙をあげて混在したかのような、あるいは理性が大地の現実のなかを真摯に悩みつつ遊行するような、一見の価値あると素人の筆者には思えるフランス文学小説が書店の奥に埋もれ、舞台化や映画化でもされない限り一般に読まれることが少なくなって久しい。ところが昔の小説もいまだおもしろい。正しくは、久しぶりに文学の世界をユニークな形で垣間見せてくれる本書は、予備知識がなくても非常に楽しく教養の書にもなり、紙数が大いにもかかわらずほとんど一気に読み進めることができる。


 著者は、日記みたいな自然主義文学とアメリカやギリシャの小説を含む計9作品をユングの分析心理学とキリスト教グノーシス主義を引いて解読(解毒?)していく。まるで本書は、幾度となく十字架を読者の記憶に刻みつけるかのようで、主体的な生きた読書が心の旅となり、いつしか目的の彼方へとわれわれを歩ませることを直接実証しているのかもしれない。そしてまた、「現世における世俗の人間の全体性」を謳う、とここでいわれるグノーシス主義思想が道具的に正面から持ち出される点は、思うに、フランス文学はもとよりほとんどの小説が世俗や「この世界」から「外」に出ないことがお決まりになっていることと関連している。ユングの分析心理学も方法上しかり。そしていうまでもなく心理学と宗教的思想は感性を育み、土にも似た感性をその生きた鍬で耕す。その都度自己を肥やしていく。本書のなかで文学的に主要な「二項対立」として述べられた理性と情念は、それ自体では悪ではない。しかし自己を振り返らないためその役割を失う。それらがひとり相撲となり、われわれが自分自身から逃げつづけた後、災難となる。そして宗教的思想と心理学がその再構成のよき道連れとなる、というわけである。


 …なお著者は、「生活の泥から手づかみに泥をすくいあげて、それをそのまま原稿用紙の上にぶちまけた」ように、はかないが鋭敏な人間の生き様を綴ったモーパッサン、彼の研究者である。しかし著者がいうに、作家は自己像になる登場人物について悪く書かない。これが結構おいしかった。
(C)春風社 / Shumpusha Publishing