「寒そー。だけど、おいしそー。」
平野レミさん(料理研究家)推薦

すべてが冷凍。これが南極だ!
カレーライスはガラムマサラの代わりに太田胃散。冷凍マグロは30度から40度の塩湯で一気に解凍した方が格段に旨い!

南極観測隊に料理人として参加した著者がその生活と人間模様、超簡単料理法を臨場感たっぷりに紹介します。

日本図書館協会選定図書




西村 淳 (にしむら・ じゅん)
現在、網走海上保安署勤務。第30次・38次南極観測隊隊員。本書で紹介する第38次には料理人として参加。
著書に『北海道旨いぞレシピ付き 南極料理人の悪ガキ読本』(亜璃西社、2004年)。




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西村 淳

2001年3月

ISBN
492114625X

定価
(1800円+税)

四六版
318頁





本書編集中は、おいしそうな料理の話(とくにカニとかエビの話)がいっぱい出てきて、うらやましくて、うらやましくて。冬でも半そでTシャツの西村さんは、元気をくれる人。(山)




『北海道新聞』
(2004年7月26日)
「名古屋の男性からもらった手紙に『いい少年時代を過ごしましたね』と書かれていて、本当にうれしかった」
 道内で育った同世代なら、懐かしく、照れくさく、切なくなる。体験を共有できないと、うらやましくなる。父の転勤で過ごした留萌、名寄、網走での少年時代を飾らない筆でつづった二冊目の著書「南極料理人の悪ガキ読本」
(亜璃西社)が好評だ。
 本職は小樽海保の巡視船「しれとこ」主任主計士。留萌の幼稚園でいたずらが過ぎ、停園処分を食らうなど、少年時代はいわゆる悪ガキだった。本では、友人と遊び、けんかをし、先輩に恋心を抱き、成長していった自らの姿を描いている。「今のようないじめはなく、けんかをしても仲直りできた」時代だった。
 1989年と96年の2回、南極観測隊に参加。過酷な南極生活を面白おかしく書いた日記をインターネットのホームページに掲載したのがきっかけで、2001年、「面白南極料理人」(春風社)で“作家”デビューした。「50歳を過ぎて、周囲を楽しませたいと思うようになった」と、創作意欲は尽きない。
「次は泥臭い海上保安官の姿も描いてみたい。でも、守秘義務は大丈夫かな」と、悪ガキの目になった。
 前任地の網走に妻と一男一女を残し、札幌の宿舎に単身赴任中。52歳。


婦人之友(2001年9月号)
笑って、考え込む


尾島 恵子

先日映画「パナマの仕立屋」を観てきた。イギリスの秘密エージェントがアメリカ政府の公金をかすめとろうと大使館を舞台に一芝居を打つ話だ。前編007シリーズのパロディとわかるセリフや登場人物の連続。芸達者な脇役人に加えて酒宴のピアス・プロスナンが光る洒脱な作品だった。今月は一度は大笑いするけれどすぐに、その奥にあるものについて考えさせられる作品を中心にご紹介します。

『面白南極料理人』は最低気温マイナス57℃の南極における調理の苦労と傑作なエピソードが山盛りだ。

著者にとって二度目になる越冬は、昭和基地からさらに1000キロも奥地の標高3800メートルにある通称ドーム基地。著者は優秀な隊員を慰めようと、潤沢な予算を武器に、あらゆる食材を集める。

といっても認知はマグロの冷凍庫なみの気温だから、卵も牛乳も冷凍だ。種々の冷凍野菜、北海道産のカニ、ウニなど隊員のどんなリクエストにもこたえられる豊富な内容を準備し、腕をふるう。メニューの工夫に加えて、著者はあらゆる口実を見つけて宴会を開く。このあたりが何とも楽しい。マイナス40℃での屋外ジンギスカンは、焼けたら速攻で口に運ばないと冷凍肉に逆戻り、ビールも一分以内に飲まないとただの苦い氷になるそうだ。日本酒はものの数分間でシャーベット状に変身する。

猛暑の日本で読むと、それもいいじゃないの、と言いたくなる記述が続くが、ふと地味な研究努力の積み上げが、オゾンホールをはじめとする地球の温暖化への警鐘になったことに思い当たる。またあきれるほどつづくメニューを読みながら、人間はたえずカロリーを補給しないと生命を維持できない動物であることに、今更ながら気づく。


東京新聞 (2001/5/18)
中日新聞 (5/21)
「自著を語る」 ---- 南極から一年五カ月ぶりに帰国して友人と会ったら、「南極観測隊って、今でもあるの? へー!」と驚かれ、その言葉に私のほうがもっと驚いた。南極は私にとって第二の故郷、越冬生活を共に乗り切った南極観測隊員たちは家族同様、南極ぬきに私の人生は語れないとさえ思っているからだ。[...全文を読む]

北海民友新聞 (2001年5月4日)
 巡視船「そらち」の名料理人として市民に知られた西村淳さんの初めての著書 『面白南極料理人』 が、このほど刊行された。西村さんは「過酷な地で笑い、食べ、飲んだ生活をありのままに書きました。学術書以外の南極観測の本は初めてのものです。南極ワンダーワールドを楽しんでください」と紹介。料理愛好家の平野レミさんは、「寒そー。だけど、おいしそー。」と推薦文を寄せている。
 西村さんは第三十次隊と三十八次の二回、南極観測隊に参加した。著書はこの体験をもとに、隊員たちの極寒下での日常生活を描いた日記風エッセイ集で、「氷点下65度でのドラム缶風呂体験」など特殊な日常を楽しむ隊員らの「普通のオッサン」ぶりが手にとるようにわかるものだ。
 話題の中心は第三十八次隊での越冬生活の様子で、舞台は南極大陸沿岸部の昭和基地から内陸へ千キロメートルにある「ドームふじ観測拠点」。平均気温マイナス57度、最低記録はマイナス79.7度の、世界で最も過酷な観測地帯だという。9人の隊員が繰り広げる、マイナス60度下でのラグビー大会やマイナス40度でのジンギスカン大会など、信じられない光景が描かれ、楽しめる。
 限られた食材でのアイディア料理なども満載。「冷凍マグロは30度から40度の塩湯で一気に解凍した方が格段にうまい」など、家庭料理にも役立つ情報が多く紹介されている。

北海道新聞 網走版 (2001年4月29日)
涙と笑いの“南極料理人”氷点下57度/焼肉が一瞬で冷凍肉/カモの頭もなべに。
南極観測越冬隊に調理担当で二度参加した、網走市潮見の海上保安官西村淳さんがこのほど、越冬する知恵と限られた食材で料理に腕を振るう姿をつづった『面白南極料理人』を横浜の春風社から出版、全国発売された。
 西村さんは1971年に海上保安庁入り。現在は網走海保の巡視船「ゆうばり」主任主計士として調理を担当する。「視野を広げたい」と自ら南極観測隊を志願し、三十次隊(1989年)で昭和基地、三十八次隊では南極点により近い「ドームふじ観測拠点」(通称・ドーム基地)でそれぞれ一年間、越冬生活を送った。
 「ドーム基地周辺の平均気温は氷点下57度」(西村さん)という厳しい環境では、食事が数少ない楽しみで、西村さんは冷凍・乾燥食材を活用して、調理に腕を振るった。
 同書は、強烈な寒さの屋外でジンギスカン大会を開いたところ、焼いた肉が口に運ばれる前に凍ってしまったり、環境保護のためごみは捨てられないと、カモなべにはカモの頭も入れたりしたエピソードなど、地元のインターネット新聞に連載したものを五十六話にまとめた。
 西村さんは「食事を楽しみながら、だんだん南極の暮らしに慣れていきました。肩の力を抜いてさらりと書いたつもりです」と話している。

TBS「ほんパラ!関口堂」に登場!(2001/6/9)
「最低気温マイナス60度、標高3800m、ウィルスさえ存在しないという南極大陸。そこで越冬隊は多くの気象実験や大気観測、地理観測を行うのが任務。その中に、一人の調理師が乗り込んでいた。海上保安庁・西村淳隊員。人は彼をこう呼ぶ、「南極料理人」! 酷寒に耐え得る食材、解凍して復元する食材など準備段階での試行錯誤の食材調達、マイナス40度でのジンギスカンなべのエピソードなど、南極での日々や食生活を綴るエッセイ。」

NTV「おもいッきりテレビ」に出演!(2001/6/3&4/3)
みのもんたさん、扇千景国土交通大臣、大激賞!!おでん、肉じゃが、カレーなどはたくさん作るからこそおいしい料理。でも、2日も3日も同じ味では飽きてしまいます。そこで簡単においしい別料理を作るアイディアを!
私、南極観測隊のシェフをしておりました。つらい南極生活の中、隊員さん達の楽しみは食事。そこでこのようなアイディア料理を考えました。お・試・し・あ・れ!
(C)春風社 / Shumpusha Publishing