野麦峠に立つことで明治期の製糸産業を支えた女工たちの哀史を体感する―著者が二十年間実践してきた独自の教育方法から個々の人間に目を向ける感性の経済学への熱い試み!

第T部 逆倒=関係力アプローチの理論

第一章 フォーマットそして草莽崛起

第二章 逆倒アプローチ

第三章 貨幣経済から関係力アプローチへ

第四章 関係力アプローチから人間開発へ

第U部 逆倒=関係力アプローチの実践

第五章 みかんと内発的発展論

第六章 野麦峠を越えて

第七章 タイ・パクムンダムの真実

第八章 ダムと戦う町―岡山県苫田ダム

第九章 そこは国会だった



島岡光一(しまおか・こういち)

埼玉大学教育学部教授。

 

 

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編著

島岡光一

2003年5月

ISBN

4921146721

定価

(2500円+税)

四六判

308頁



装丁はアーティストの武田くん。感性の経済学への第一歩にふさわしい、実にカッコイイ装丁に仕上げてくれました。(田顔)



『図書新聞』
『あゝ野麦峠』を通して「教育学」の回路を
(2003.07.19)

 編著者は、大学の教育学部の教員である。しかも、専門は経済学だ。本書は、いわば経済学と教育学の「融合」のなかから生まれたものだといっていい。
 大学の教育学部は、「制度的に教員養成が目的化された学部であり」、編著者は、「そのなかの社会科教育講座の一教員」(本書185P)である。経済学部の「経済学」と教育学部の「経済学」とでは、外部から見たらそんなに違いはないと思われるが、当事者(教員・生徒)にとっては明確な境界線があるようだ。当たり前のことだが、大学は教員が学生に“講義”する場所であると同時に、教員、自らが選んだ専門的な事柄を考究する場所でもある。しかし、専門学部内であれば、いわゆる学際的立場を表明できるが、編著者のような場合は、「経済学」を専門分野として認知されにくいという事態が生ずるようだ。
 「(略)ぼくは教員養成系の教育学部に属する経済学の教員であって、『マル経』(マルクス主義経済学)だの『近経』(近代経済学)だのといった派閥とは無関係なところに籍を置いていました。自派のゼミに何人学生を獲得できるかという競争意識にさいなまされることもありませんでしたし、大学・学部や学会での地位を上昇させる生存競争とも無縁でした。」(23P)
 こういう立場を、率直に表明できるからこそ、経済学と教育学の「融合」が可能となるのだといってもよさそうだ。編著者の島岡は、「教育学部というところは、ある意味で息苦しいところ」だと述べているが、それは、かりに専門学部であっても別の意味で“息苦しい”はずだ。特に、本書の過半を占める「第T部 逆倒=関係力アプローチの理論」という島岡の論稿は、“息苦しさ”からの脱却を図ろうとする苦闘の様が、窺えるような気がする。プロローグで、次のように述べていることが、そのことをよく表していると思われる。
 「ぼくはカール・マルクスから多くを学びました。マルクスは、彼の時代(十九世紀西欧)最高の科学的遺産を駆使しました。ぼくは二一世紀のはじめで可能な限りの科学的遺産を利用しようと思います。ことさらにマルクスが『見落とした』部分に光を当てることを意図したのは、彼から強い影響を受けたからに他なりません。本書は『脱「経済学」宣言』でもあります。(略)この脱『経済学』の研究プロセスを一言で表すならば、オープンな内発的発展(endo-genous development)です。」(5P)
 大学や学会での地位の上昇といった息苦しさから、無縁な場所で自分なりの開かれた「経済学」を模索する姿勢が、このプロローグでは語られているといっていいはずだ。
 イヴァン・イリイチが提示する「コンヴィヴィアリティ」という概念(共に愉しく生きることという造語)を援用しながら、マルクスの『資本論』を分析し、カール・ポランニー、ミヒャエル・エンデらにウィンクを広げて論旨を進めていく手さばきは、あざやかである。
 そして、本書の眼目は、第U部第五章の「野麦峠を越えて―脱『講義』=歴史の場所化の試み」と題された、しまおかこういち(編著者、島岡)の「報告」だ。
 山本茂實の『あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史―』に啓発された島岡は、イリイチの「コンヴィヴィアリティ」を実践化するために、「自発的、独立的でありながら、それでいてお互い関連しあっていくことのできる生活様式」を授業様式として考え、〈野麦峠越えゼミ〉を企図した。
 中央アルプス乗鞍岳の南、岐阜県と長野県の県境にある標高一六七二米の野麦峠への往還を最長五泊六日で行なう合宿ゼミは、一九七七年に始めて、山本茂實がなくなった一九九八年に第二〇回をもって終えたという。このしまおか「報告」では、これまでに参加した多くの学生たちの“声”が収められている。第二回と最終第二〇回に参加した中学校の社会科教員を二三年勤めた後、大学院に入った雫智恵子の感想が、印象的だ。
 「徹底して歴史の現場に立つ・・・『人間の顔が見える』社会科作りに取り組んでいた・・・生徒といつも積極的に現場に入り込んで行くという方法を、野麦峠越えから受け継いだ。」(205P)
 こうして、新たな「教育学」の回路を、本書から読み取ることができるといってもいい。
村木哲(評論家)

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