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夭折の天才画家・土器屋有理の作品集。有理さんは1998年5月26日、高知県大月町海岸にて転落死した。享年27。
独特の画風が開花する前のことで、家族はじめ、周囲の人々の有理さんを惜しむ声が今回の作品集に結実した。
目次
T土器屋有理作品集
U土器屋有理 絵と生涯
土器屋有理の絵と生涯
有理の最後の日々と絵について
有理のこと
作品集「有理」によせて


土器屋有理(どきや・ゆうり)
画家・イラストレーター。1970年生まれ。98年に事故死。
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淡い色調の絵を見ても、ふだん強いものに慣れ親しんでいる私は当初、彼女の人生のほうに目をうばわれ、絵そのものを観賞する努力を怠っていたかもしれない。ところが、編集作業を重ねていくうちに、上品な淡い中間色がとても新しく感じられるようになった。
有理さんは生前よく画題を写真に撮っていたという。それは、写真を下敷きにするというのではなく、むしろ確認のためにそうしていたらしい。それほどに有理さんのイメージはジャンプする。
『赤い波濤』(装丁にも使用)が有理さんの遺作となったが、タテ41.2cm×ヨコ31.2cm10枚の連作は、赤と青が複雑に交差し響き合い具体物は他に何も描かれていない。
仕事を進めていくうちに一つハッキリしてきたのは、つくる本が画集だったからよけいにそう感じられたのかもしれないが、かかわる人たちの少しずつのクリエイティヴが掛け合わさることが強烈にではなく面白いな〜、ってこと。
クリエイティヴもいろいろだから一概には言えないが、たとえば100のクリエイティヴを一人でやろうとすると大変。一人2ずつのクリエイティヴを出し合えば、って何だか『スウィミー』みたいだけど、2×2×2×2×2×2×2=128で100を越える。この感じって、額縁入りの社訓には相応しくないだろうけど、とても大事なことじゃないかなあって思った。
「製作を通して、悲しみばかりでなく、「有理の新しい側面」を発見する喜びも与えていただきました」とはご両親の言葉。ひとを理解することの難しさをあらためて思い知らされた。(三)


常陽新聞
(2003.08.19)
つくば市の茗渓学園高校を卒業、東京学芸大で油絵を学んで1998年、27歳で夭折した土浦市の土器屋有理さんの作品集「YURI」がこのほど刊行された。
B4判約80ページに、大学・大学院時代の作品を中心に45点を収載。スケッチや油絵、同一主題による未完の作品、高校時代の学園祭のポスターも含む。
姉や祖父母、めいなどの家族を描いた作品や、「ピエロ姿の自画像」「しゃがむ子供」「こいのぼり」「オフィーリア」など。90年の家族での屋久島旅行に基づいた「屋久杉」、大学院修了時に描いた大作「母子像」など、同学園内に展示されている作品も。つまようじを使った点描法の試み「オレンジ娘2」なども、作者の意欲を伝えて興味深い。
研究者を両親に、三女として東京に生まれた有理さんは小学三年でつくば市へ。同学園の中学時代から美術部に所属し、学芸大大学院を修了して画家としての道を模索。高知県の海岸でスケッチの際に転落死した。98年秋の県つくば美術館での茗渓美術展では、遺作を集めたコーナーが一角に設けられ、反響を呼んだ。
巻末に、両親による有理さんの「絵と生涯」など。本書を製作する中で、「悲しみばかりでなく、『有理の新しい側面』を発見する喜びも」与えられた、との言葉も見える。
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