時のかたみに
キリスト教と文学・師・信仰
- 釘宮明美(著)/2025年7月
- 2800円(本体)/四六判並製404頁
- 装丁:毛利一枝
信仰に根ざしひたすらに希求する詩と真実
混沌として見えない将来への不安に押し潰されそうであった私の青春時代を省みると、私自身もそのようにして確かに導かれてきたことを感じている。どんな現実も無内容ではあり得ず、必ず意味を有しており、その現実の意味や意義の根源として、創造主である神は確かにいる。「雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。……そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も、むなしくは、わたしのもとに戻らない」(イザヤ55・10-11)。〈本文より〉
(ISBN 9784868160014)
目次|Contents
序詩 湖唱
第一部 光は低きに降りて
一 光は低きに降りて―クリスマスに寄せて
二 クリスマスの手紙
三 クリスマスメッセージ
四 祈りと光
五 だれかがどこかで
第二部 信仰と日々
六 フライブルクでの日々から
七 詩編の祈り
八 信仰のうちに視野を開く
九 一粒の麦―源流をたどる
一〇 神様の落穂拾い―「シャルトル聖パウロ修道女会」の霊性に寄せて
一一 長崎のキリシタン関連遺産を訪ねて
一二 見えない神の言葉に聴く
一三 「ぶどうの木」につながって
一四 言葉と律法―ルターの宗教改革五〇〇年に寄せて
一五 共に歩む道
一六 お別れの言葉―追悼 星野正道神父様
第三部 命を見つめて
一七 いちばん美しかった顔―エピファニーということ
一八 預けられたものとは何か、それをどう生かすか
一九 大震災に問われて―二〇一一年三月一一日に寄せて
二〇 最上のものはなお後に来たる
二一 人生という一冊の本
二二 いのちを刻む絵
二三 人生の終わりの姿から学ぶこと
二四 難病を受け入れて生きる意義とは―「全国CIDPサポートグループ」の活動を通じて
第四部 苦しみの秘義
二五 苦しみの秘義―パスカルの『病の善用を神に求める祈り』
二六 森有正をめぐる人たち―伊藤勝彦先生のこと
二七 時を刻む思想、時に刻まれる思想
二八 傷ついた葦を折ることなく―『パンセ』と聖書における「葦」の比喩
二九 かなしみの源流と水脈―神谷美恵子をめぐる三著作
三〇 神谷美恵子との出会い
三一 治癒の言葉―霜山徳爾『素足の心理療法』に寄せて
三二 V・E・フランクルの信仰―「意味」の根源としての神
三三 ダグ・ハマーショルド『道しるべ』と十字架の聖ヨハネ
第五部 文学をかたわらに
三四 出会いと別離―追悼 田口義弘先生
三五 同人誌と私―『現代文学』七〇号に寄せて
三六 抒情の湿度―追悼 饗庭孝男先生
三七 須賀敦子の信仰と文学―その分岐点と交差点
三八 詩人的実存という罪―文学とキリスト教をめぐって
三九 悲しき悪魔の告白―芥川龍之介「るしへる」をめぐって
四〇 ファウストはなぜ救われるのか?―ゲーテ『ファウスト』
四一 『天の園』・「エデンの園」・「神の国」
四二 祈りと光と再生と―大江健三郎『人生の習慣』
四三 ポルフィーリイとは何者か?―ドストエフスキー『罪と罰』
四四 逆説の福音―書評 芦川進一『カラマーゾフの兄弟論―砕かれし魂の記録』
四五 神を探し求める道―リルケ『時禱詩集』
四六 砂漠の井戸のお話―サン゠テグジュペリ『星の王子さま』
四七 誓願の文学―宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
四八 物語が生み出される光源
―書評 A・E・マクグラス『C・S・ルイスの読み方―物語で真実を伝える』
四九 光への信頼―ハンス・カロッサ 〈講座録〉
五〇 鎮魂と変容の歌―ライナー・マリア・リルケ 〈講座録〉
五一 記憶と忘却の痛み―パウル・ツェラン 〈講座録〉
五二 花月の唱名としての生死―西行 〈講座録〉
第六部 思索に導かれて
五三 海原を照らす灯台
五四 キリスト教文化研究所の貴重書『ミーニュ 教父全集』
五五 稲垣良典先生の講演「大学の神学」を拝聴して
五六 意義への問いと人文学研究―キリスト教教育の視点から
五七 キリスト教を主軸とする近代日本精神史の豊饒な展開
―書評 村松晋『近代日本精神史の位相―キリスト教をめぐる思索と経験』
五八 エディット・シュタイン(一)―その生涯のスケッチと全集紹介
五九 エディット・シュタイン(二)―ヴュルツブルクの修道院図書室にて
六〇 エディット・シュタイン(三)―シュパイアーに足跡を訪ねて
六一 真理と愛―書評 須沢かおり『エディット・シュタインの道程―真理への献身』
六二 存在と意義―『クラウス・リーゼンフーバー小著作集』刊行に寄せて
六三 超越への開き―『クラウス・リーゼンフーバー小著作集』全巻刊行を記念して
六四 海外宣教師の日本語著作という遺産―『キリストの現存の経験 クラウス・リーゼンフーバー小著作集VI』刊行に寄せて
六五 クラウス・リーゼンフーバー神父様を追悼して
あとがき
著者|Author
釘宮明美(くぎみや・あけみ)
1968年大分市生まれ。東京大学文学部露語露文学科卒業、同大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻修士課程修了。2009年、白百合女子大学宗教科准教授。2015年より同大学カトリック教育センター教授。専門は森有正、神谷美恵子、エディット・シュタインを中心とするキリスト教思想、キリスト教と文学。
共編著『生きる意味―キリスト教への問いかけ』(オリエンス宗教研究所、2017年)、『日常の中の聖性』(教友社、2021年)、『キリスト教文化事典』(丸善出版、2022年)。共著『キリスト教をめぐる近代日本の諸相―響鳴と反撥』(オリエンス宗教研究所、2008年)、Christianity in East and Southeast Asia(Edinburgh University Press, 2020)、『宣教師の日本語文学 研究と目録』(郭南燕編著、勉誠出版、2023年)ほか。編訳書『クラウス・リーゼンフーバー小著作集(全6巻)』(知泉書館、2015年・2021年)。主要論文「森有正における「経験」の生成―『バビロンの流れのほとりにて』連作を中心にして」(「現代文学」62号、2000年)、「神谷美恵子とキリスト教―魂の認識への献身と人間の宗教性」(『文藝別冊 神谷美恵子』河出書房新社、2014年)。