博士論文募集のポスターを作成しました〔再掲〕

無限の声を――博士論文の書籍化について

テーマをえらび思索を重ね、論文を執筆、審査をとおって初めて学位が授与されます。テーマには書き手の体験と声が眠っている。学位を取得した博論は、土に蒔かれた種にも似て。よき土の中で殻が破れ、根を出し、発芽の手伝いを編集者はする。一冊の本が上梓される。地上に芽を出し、初めて、これはアサガオ、これはカラマツと。体験はひらき声を発する。成長し、次なる時代への種を宿し。生涯つづく研究の始まり。文章との対話に学び、学術書の出版を手がけて20年。高邁と崇高を指し示し、未来をひらく学問の営みに謙虚でありたいと願います。

 

当社代表の三浦衛によるブログ「よもやま日記」の以下ページもご覧ください。

博論の書籍化について

以下の画像をクリックしていただくと、原寸大のポスターが表示されます。

 

 

 

 

 

『日系インドネシア人のエスノグラフィ』まえがき

『日系インドネシア人のエスノグラフィ―紡がれる日系人意識』(伊藤雅俊 著)の刊行にあわせて、本書の「まえがき」を公開します。

 

 

 

 

 

 

ヒロコ:ニセイの顔は日本人のよう、サンセイはインドネシア人のようね。でもヨンセイになるとまた日本人の顔に戻るみたい。
ワユニ:不思議よね。
ヒロコ:えー、不思議よね。
ワユニ:遺伝子がそうさせるのかしら。
ヒロコ:きっと、そうね。

(2010年6月16日)

 

 本書で言う日系インドネシア人とは、太平洋戦争時にインドネシア各地に派兵され、終戦後に何らかの理由や自らの意思によって帰国せず、インドネシア独立に関与し、さらに同国独立後に帰国を選択しなかった残留日本兵(日系一世)及びその子孫(日系二世以降)のことである。

 日系インドネシア人は一世の時代から、広大な島嶼国家インドネシアの中でもスマトラ島とジャワ島の二島に集中している。本書の主要な舞台となるのはスマトラ島北スマトラ州の州都メダンであるが、スマトラ島最北端に位置するアチェ州や日本で就労する日系人に関する記述もある。

 日系インドネシア人一世はインドネシア人女性と結婚し、現地文化・社会に生きたため、二世以降の日系インドネシア人は日本文化または日系文化と呼べるような文化・慣習をほとんど維持していない。というよりかはむしろ、日系一世から二世へほとんど継承されてこなかった。加えて、この残留日本兵を先祖とする日系二世から四世までの総数はインドネシアの総人口およそ2億7000万人の0.01%にあたる2万7000人にも達しないだけでなく、日系人は同国において一つの民族集団として扱われていないため、その人数は人口統計にも表れない。同国において文化的・社会的・歴史的にあまり認知されていない人々であると言えよう。

 それでも、日系インドネシア人は現に存在している。ある日系二世は、父親の写真を筆者に見せてくれ「(軍服の首元につけられたバッジを指さして)これがインドネシア国軍のバッジです」と誇らしげな表情をする。ある日系二世は、深夜遅くまでサッカーワールドカップの日本代表チームを応援し、日本が敗戦を喫した際にはテレビの前で悔し涙を流す。また、ある日系二世は東日本大震災の翌朝から、瞼を腫らせたまま仲間の家々を回り募金活動に奔走する。ある日系三世はモーターバイクの車体の右側にインドネシア国旗、左側に日本国旗のステッカーを貼りつけている。日系インドネシア人は皆で集まると必ずと言ってよいほど、日系一世が存命だった頃の思い出話や日本の時事問題等の話をする。

 冒頭の会話はワユニ宅に数組の日系人家族が集まった際の、日系二世女性二人の何気ない談話の一部である。この日はちょうどヒロコが生まれて間もない孫・日系四世を連れてきていた。なぜこのようなことを行ったり話したりするのだろうか。理由は単純である。日系インドネシア人であるからだ。

 それでは、日系インドネシア人は、何をもって「私(私たち)は日系インドネシア人である」と自らを同定しているのだろうか。つまり、彼らの日系人意識(エスニシティあるいはエスニック・アイデンティティと言い表せるもの)の根底にあるものは何なのであろうか。彼らはそれをどのようにして維持したり、強化したりしてきたのだろうか。本書では、北スマトラ州出身の日系インドネシア人を研究対象として上述の問いを複眼的視点から考究する。

 

本書の構成

 本書は序章、本論第1章から第11章、終章で構成される。そして本論は三部構成となっている。

 第1部 日系インドネシア人一世とオラン・ジュパンでは、まずスマトラ島における日系一世の概数、結婚、宗教、職業などについて詳述し、日系人の集住地域や多民族性といった諸特徴を把握する(第1章)。次に、日系人の扶助組織である福祉友の会メダン支部が設立される1979年以前に、日系一世がスマトラ島各地で結成した小規模な日本人会や、日系一世個々人間で培ってきた強固なつながりを母体として、その延長線上に日系二世の交友関係が成り立っていたことを明らかにする(第2章)。続いて、北スマトラ州に生きた日系インドネシア人一世がどのようにしてオラン・ジュパン(日系一世らは周りのインドネシア人からインドネシア語で日本人を意味するオラン・ジュパンと呼ばれていた)と見なされるようになったのか、その経緯を他の民族集団からのジュパンという範疇化に焦点をあてて考察する(第3章)。

 第2部より記述の対象が日系インドネシア人二世・三世となる。第2部 日系インドネシア人二・三世の日系人意識は、第4章から第8章までで構成される。第4章では、北スマトラ州で実施したフィールドワークより得られた、日系インドネシア人二・三世計120人の基本情報(職業、出生地、居住地など)に、聞き取り調査や文献資料の情報を加えて、日系人及び日系コミュニティを量的な側面から把握し、諸特色を示す。第5章では、フィールドワークで収集した情報と福祉友の会発行の『月報』及び『会報』を基に、当該地域に居住する日系インドネシア人を統括する福祉友の会メダン支部の役割を探る。

 福祉友の会メダン支部が設立されたのは1979年、日系人の渡日就労が開始されたのは1990年のことであった。第6章では、この二つの出来事がスマトラ北部における日系インドネシア人同士に出会いの場所を提供し、彼らの交友関係を形成・拡大させてきたことを明らかにする。第7章では、日系インドネシア人のインドネシアにおける日本軍政期の歴史的評価と日系二世の日本との交流のあり方を紹介し、日系人意識や日系人らしさを探る。第8章では、オラン・ジュパン、日系インドネシア人一世と生活をしていた日系二・三世は家庭内でどのような日本文化に触れていたのか具述する。また、オラン・ジュパンはどのような日本的影響を日系二・三世に及ぼしたのかを示す。

 第3部よりフィールドがインドネシアから日本へ移る。第3部 日系インドネシア人の渡日就労と日本での生活世界は、第9章から第11章までで構成される。まず、1990年12月に開始されたスマトラ北部出身の日系インドネシア人による渡日現象の全体像を示す(第9章)。次に、1990年代中葉に出現した日系インドネシア人のスマトラ北部と日本の各就労地域とを結ぶ親族や友人を基盤とした人的ネットワークについて論じ、それが彼らの日本への移動や日本での職探しなどをスムーズにさせてきたことを明示する(第10章)。最後に、愛知県小牧市とその周辺で就労している日系インドネシア人の基本情報及び彼らの社会的紐帯のあり方を報告する。また、同地域において2005年9月に日系インドネシア人及びインドネシア人技能実習生によって結成された自助組織の活動や性格を示す(第11章)。

 

(ウェブ公開に際して、一部表記を書籍から変更しています)

『「共生社会」と教育』の書評が『社会学評論』に掲載されました

『社会学評論』Vol.72, No.3(日本社会学会編/2021年12月)に、坂口真康著『「共生社会」と教育―南アフリカ共和国の学校における取り組みが示す可能性』の書評が掲載されました。評者は阿部利洋先生(大谷大学)です。「社会的現実に取り組むさまざまな立場にもユニークな示唆を与える」

『依存からひろがる人生機会』の書評が『アジア経済』に掲載されました

『アジア研究』第62巻4号(アジア経済研究所編/2021年12月)に、茶谷智之著『依存からひろがる人生機会―インド・スラム地域の人間開発と「子育ての民主化」』の書評が掲載されました。評者は菅野美佐子先生(青山学院大学)です。「丁寧な民族誌的記述には、スラムの人々とのラポールを形成し、当事者の立場からスラムの生活圏における困難や課題を真摯に受け止めようとする著者の誠意が映し出される」

 

『都市科学事典』の書評が『人と国土21』に掲載されました

『人と国土21』第47巻第4号(国土計画協会編/2021年11月)に、横浜国立大学都市科学部編『都市科学事典』の書評が掲載されました。評者は大西隆先生(東京大学)です。「国際化の進展にともなって異なる文化、統治、社会環境で育った人が増えるにつれ、日本の市民社会がどのような変容を遂げていくのか」

2021年12月刊行予定の書籍

2021年12月に刊行を予定している書籍についてお知らせします。

※記載されている情報は予告なく変更される場合があります、予めご了承ください。

 

『韓国経済史―先史・古代から併合まで』
著者:李榮薫
訳者:須川英徳・加藤裕人・大沼巧
東アジア史の大きな潮流を捉え、朝鮮半島における原初共同体から小農社会成立以降までを実証的に論じた、歴史認識を覆す経済通史。
A5判上製664頁、本体7000円

 

『インド ムガル皇帝の肖像―ムガル細密画の光り輝く世界』
著者:宮原辰夫(文教大学教授)
皇帝の回想記や欧州の旅行家・宣教師たちの旅行記を通して細密画を検証し、16~17世紀のムガル皇帝とその一族の栄枯盛衰を描く。
A5判並製、240頁、本体3500円

 

『十八世紀スイス文学とシュトゥルム・ウント・ドラング―源流としての美学的共和主義』
著者:今村武(東京理科大学教養教育研究院教授)
疾風怒濤の潮流が先行していたスイス18世紀文壇の詳細を振り返り、スイスとドイツの文学的・美学的な影響関係を明らかにする。
A5判上製、300頁、本体4000円

 

『学校づくりの概念・思想・戦略―教育における直接責任性原理の探究』
著者:石井拓児(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授)
戦後から現在に至る日本の学校教育活動をめぐる学校づくり概念・実践と法制度の展開を検討し、教育の自主性の内実と意義を論じる。
A5判上製、300頁、本体4000円

『インド・剥き出しの世界』の書評が『図書新聞』に掲載されました

『図書新聞』3523号/2021年12月11日号に、田中雅一、石井美保、山本達也 編『インド・剥き出しの世界』の書評が掲載されました。評者は小牧幸代先生(高崎経済大学)です。「痛みを共有することで調査者と被調査者のあいだに「愛」が育まれた。そして、暴力に、ささやかにではあれ抵抗するために本書は編まれた。」

『教育のリーダーシップとハンナ・アーレント』の書評が『教育哲学研究』に掲載されました

『教育哲学研究』第124号(教育哲学会編/2021年11月)に、ヘレン・M・ガンター著/末松祐基、生澤繁樹、橋本憲幸訳『教育のリーダーシップとハンナ・アーレント』の書評が掲載されました。評者は石神真悠子先生(法政大学)です。「教育経営が抱えるアクチュアルな課題の内実は、教育の本質を問うものであることに気づく。教育の現状分析に思想を用い、教育行政と思想研究を架橋した本書は、領域を横断することで得られる示唆が大きい」

冬季休業のお知らせ

下記の期間を冬季休業とさせていただきます。
よろしくお願い申し上げます。

2021年12月30日(木)~2022年1月5日(水)