『モダニズムの胃袋―ヴァージニア・ウルフと同時代の小説における食の表象』(大西祥惠 著)の書評が『ヴァージニア・ウルフ研究』(第43号)に掲載されました。評者は小室龍之介先生(都留文科大学)です。「食事の背後にはジェンダー、セクシュアリティや階級といったイデオロギーが潜んでいることを本書は改めて気づかせてくれる」

『モダニズムの胃袋―ヴァージニア・ウルフと同時代の小説における食の表象』(大西祥惠 著)の書評が『ヴァージニア・ウルフ研究』(第43号)に掲載されました。評者は小室龍之介先生(都留文科大学)です。「食事の背後にはジェンダー、セクシュアリティや階級といったイデオロギーが潜んでいることを本書は改めて気づかせてくれる」

教育思想史学会編『近代教育フォーラム』第35号(2026年9月)に、エヴァルト・テアハルト著/松田充、宮本勇一、熊井将太訳『教授学への招待―教えることと学ぶことの科学的探究』の自著紹介が掲載されました。評者は宮本勇一先生(名古屋大学)です。「教授学は、教育を探究する者が理論と実践あるいは思想と技術を往来するときに必然的に通る関所のようなものである」
教育思想史学会編『近代教育フォーラム』第35号(2026年9月)に、松枝拓生著『見ることを学ぶ―ジル・ドゥルーズの〈紋切り型との闘い〉』の書評が掲載されました。評者は森岡次郎先生(大阪公立大学)です。「「ありのままのこの世界への信」に基づく教育学的思索のあり方について、具体的な「この世界」の中で考えてみたくなった。それは、無限遡及的に自己の「愚かさ」を告発し続ける観念的な議論としてではなく、絵画や映像作品としてでもなく、教育という人間関係における具体的な様態として描き出されるはず」

日本教育学会編『教育学研究』第93巻第2号に、後藤聡美著『当事者性の邂逅から共生へ―多文化社会におけるノンフォーマル教育実践の展開』の書評が掲載されました。評者は渋谷恵先生(明治学院大学)です。「本書の核心をなす〈当事者性の邂逅〉仮説は、非当事者とみなされがちな学習者を包括し、かつそうした学習者がもたらしうる積極的な側面にも着目している点に意義がある」

日本教育学会編『教育学研究』第93巻第2号(2026年6月)に、安藤和久著『学校改革としてのイエナ・プラン―ペーター・ペーターゼンの自律的教育科学の構想を訪ねて』の書評が掲載されました。評者は奥村好美先生(京都大学)です。「イエナ・プランを学校モデルとしてのみでなく、諸学校の改革や教師教育の改革、そのための教育学的事実研究や教育学の自律化の試みの相対として理解して初めて学校改革として参照される価値を有すると指摘している点は興味深い」
日本教育方法学会紀要『教育方法学研究』第51巻(2026年3月)に、安藤和久著『学校改革としてのイエナ・プラン―ペーター・ペーターゼンの自律的教育科学の構想を訪ねて』の書評が掲載されました。評者は牛田伸一先生(創価大学)です。「一次資料に即してその教育学と学校改革の展開を丹念に追跡し、そのうえでイエナ・プランを学校改革として、さらにはReformpädagogikのなかに再定位した労作である。著者がペーターゼンの可能性の中心を見ているのも、まさにこの再定位の試みにおいてである」
『朝日新聞』9月27日ウェブ版(紙面掲載10月9日予定)で、ふくだぺろ著『平等主義暴力:ポスト狩猟採集民トゥワとのマルチモーダル人類学』の著者インタビュー「暴力と歌と踊りが絶えぬ村 8年撮り続けた人類学者が考える「平等」」が掲載されました。ルワンダの元狩猟採集民トゥワの村に8年間通い続けた著者が、本書の中心的なテーマである「平等主義暴力」や、暴力・平等・平和について語っています。
『ダルクローズ音楽教育研究』第50号(2025年)に、神林哲平著『「きく」教育研究のオルタナティブ―ドン・アイディの現象学的アプローチ』が掲載されました。評者は浅倉恵子先生(長野短期大学)です。「現象学という哲学がリトミックから遠くないところに存在することに啓発された」
『スポーツ社会学研究』第34巻第2号(日本スポーツ社会学会編/2026年9月)に、水上博司著『スポーツの公共圏―運動部モデルからクラブモデルへの転換』の書評が掲載されました。評者は笠野英弘先生(筑波大学)です。「理念的・理論的な研究を進めることに満足せず、研究のために新たな組織を創って活動を展開するという実践からは、理論研究がいわば机上の空論に陥らないために実践性を重視することでも「客観性」を担保しようという意識がみてとれる」
『読売新聞』2026年9月20日号に、遠藤理一著『「平和な日本」をガイドする―占領期日本における観光と戦後秩序』の書評が掲載されました。評者は福間良明氏(京都大学)です。「本書はその歴史を通して、戦後初期の『秩序』の実相を多面的に描いている。」
