『平等主義暴力』はじめに

ふくだぺろ『平等主義暴力―ポスト狩猟採集民トゥワとのマルチモーダル人類学』

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漆黒の闇をカメラライトで切り裂いて、私はセツァの指示した方を照らした*。

 

「ほんっとうるせえな、クソが」

 

確かに。カメラを回している私は声にださずに心の中でうなずく。確かにうるさい。「血であふれてる」わけではないが、村中が音であふれている――

 

いたるところから噴きだし、乱反射する20人あまりの声という声。女、男、子ども、老人。みなが叫んでいる。パパン。パンッパパパン。パパンッパン。2、3、4、5。様々なリズムで声にはさまれ、声を衝き動かすハンドビート。手だけではない。手に持ったサンダルを叩く音。棍棒を地面にたたきつける音。鉈をたたきつける音。すべてが混沌と絡みあい、これは音楽なのか、騒音なのか、ただの音なのか――この場の音響をつくっている。そして、通奏する虫の音。ときおり鳥が鳴いて、アクセントが加わる。

 

カメラが区切る四角いフレームのなかで、トゥワの人たちは相手を指さし、腕をひろげ、腰に手をあて、胸を張る。鳥が羽ばたくように腕を振りまわし、あるいは雪のうえを滑るように重心を移動させ、相手との位置取りをかえ、旋回する。一気に相手との距離をつめる。それぞれの身体が呼応し、ズレ、かわし、跳躍する。「坩堝」という言葉を思い出しながら、彼らの身体の躍動を確実にカメラで捉えようとする私の身体はゆっくりとしか動けない。ラベンダーにも似たユーカリの木の匂いと、夕食の焚火の残り香が鼻孔をつく。

 

ジェリ(20歳、女性)がバラ(25歳、男性)の肩をサンダルで叩いた。顔をしかめたバラが振り向くよりもはやく、横にいたハーエ(18歳、女性)がザイレ(42歳、女性)に襲いかかる。顔面を突きとばした。よろめいたザイレは右脚で踏んばり、崩れをこらえる。そのまま大きく右腕を引き、繰りだした拳がハーエの左耳に当たった。同時にジェリが振り下ろしたサンダルがハーエの頭に当たる。一瞬ハーエはよろめく。しかし持ちなおし、すぐさまジェリを突きとばす。それに合わせて杖を振りかぶったバラが、ジェリめがけて振り下ろそうとする。しかし、この距離で120センチの杖は長すぎる。ジェリに腕を振りはらわれたバラは、ジェリと揉みあいになる。そこにランゲ(23歳、女性)が加わった。バラを突きとばす。すかさず距離をつめて、バラの顔に右フックを打ちこむ。杖で打とうと距離をとるために後ずさりするバラ。そうはさせまいと、左腕を高くかかげながら接近するランゲ。バラの後ろには壁がある。もうこれ以上は退がれない。振り下ろそうとする杖先が揺れている。その一瞬の隙に、ジェリが踏みこんだ。杖をもったバラの腕を両手で抱え、杖の取りあいになる。

 

これは一体なんなんだろう――そんな疑問もわかないまま、この場のリズムを捉えようと私はカメラを回している。

 

いつの間にか棍棒を手にしたハーエがランゲと言いあいをしている。さらに2メートルほど向こうでは子どもたちやセツァ(27歳、女性)たちが遠まきに眺めながら、会話をしている。セツァはついさっきまで激しく罵倒していた。話の内容は聞こえない。その横ではデーデ(60歳、女性)とラザ(20歳、男性)、ラプ(24歳、女性)、ゴメ(25歳、男性)が踊っている。MP3対応のラジカセを肩に抱え、ゴメがステップを踏む。ラザとラプが向かいあって鶴のようにステップを踏みながら、腕を振りまわし、相手を意識しながら互いの位置をずらしていく。デーデは2人の方に尻を突きだし、セクシーに上下させて踊っている。周囲の喧噪がうるさすぎて音楽は聞こえないが、恐らくはタンザニアやウガンダのポップスだろう。

 

いつの間にかラプとチュビジ(16歳、男性)の喧嘩が始まっている。ラプが走り寄ってフック気味に拳をいれた。チュビジも懐中電灯を持った右手で殴りかえす。畳みかけるラプから距離をとって、チュビジが腕を振りまわしている。追撃をゆるめたラプは、チュビジをじっと見つめていた。

 

村中が騒然としている。現在夜の10時14分。でも、それはいつものことだ。これから2時間はさらに続くだろう。今日、怪我人は出るだろうか。闘い、罵り、踊り、しゃべり、眺める。食事をして、一息いれる。そして、また外に出て闘う。様々な感情と身体の実践が折り重なり、並列しながらトゥワの夜は更けていく。おしゃべりや傍観が音楽や闘争の契機となり、またその逆にもなる。この後も更なる闘争や音楽が勃発し、収束し、勃発するだろう。そして疲れた人から順に家にもどり、眠りにつく。朝には何事もなかったかのようにまた新しい1日がはじまる。

 

いったい、こうしたトゥワの人々の生をどう考えたらいいのだろうか――カメラを回している最中には生じなかった疑問と、私はこの5年間向きあってきた。

 

2020年に妻の裕美、娘の葉と一緒に1年ほど長期調査をし、その後は2022年と2025年に単独で追加調査をした。その過程で暴力を中心に考えるべきだという結論に至ったが、そもそも私は暴力に興味など持っていなかった。ニャルサンゲ村のトゥワの人々を調査しようと決めたのも、いくつかの偶然からだった。

 

マンチェスター大学の映像人類学修士課程でルワンダ移民の研究をした後、立命館大学の博士課程ではルワンダ本国に行って研究するのが、連続性の観点から望ましいと考えた。そしてルワンダの中ではポスト狩猟採集民でありピグミー系集団の1つであるトゥワの人々に興味を惹かれた。

 

そもそも私が人類学を志した理由の1つは、哲学、政治学、経済学など多くの学術領域が、西欧、日本、近代、知識階級など限定された視点に閉ざされながら、「人間性」や「世界」のような普遍を語ることへの違和感があったからだ。だから現代社会からは相当な距離がありつつ、人類史の99%を占める狩猟採集という生産様式に近年まで従事していたトゥワの人々は、人間性についてより深く探究するという観点から、研究のしがいがあると考えた。

 

ピグミー系集団はアニミズム的な精霊信仰とポリフォニー、ポリリズムを特徴とする音楽で知られており、平等で平和な社会を営むとされている。トゥワの先行研究はあまり多くないが、そうした集団と同じような人々であるとされていた。アニミズムへの個人的な関心もあり、当初は、彼らのコスモロジーと音楽について研究するつもりだった。2019年の予備調査の段階で、ルワンダ北部と西部のトゥワ・コミュニティを20ほど回り、調査助手のベン・ンガボと相談の上、その中で最も狩猟採集民らしい雰囲気を残していると思われたニャルサンゲ村を調査対象に決めた。

 

しかし、実際住んでみると精霊信仰のようなコスモロジーはかけらも感じられなかった。宗教について質問をして返ってくる答えは一神教、キリスト教徒としか思えないものだった。そして、人々は毎日闘い、歌って、鳴らして、踊っていた。罵りあうだけでなく、殴りあい、噛みつきあい、石を投げあい、棍棒や鉈を振りまわしていた。人死が出ることはきわめて稀だが、「殺す」「殺してみろ」という激しい怒号が飛びかい、人口80人程度のコミュニティで流血を伴うような傷害が、およそ9日に1度発生する。

 

1982年に日本で生まれ育った私は、暴力はよくないものだと教わってきた。暴力は際限なく連鎖して社会を分断し、不当な抑圧や支配を生むと理解してきた。私自身、中学校にあがってから殴りあいをしたことは数えるほどしかない。できることなら根絶すべき「悪」として暴力を捉えてきた。

 

しかしトゥワの人たちはそうした「常識」を軽々と超える。彼らの社会生活は暴力に満ちているが、それによってコミュニティが敵対的な派閥に分断されることはない。復讐の連鎖によって暴力が際限なく拡大することもなければ、強者が弱者を支配することもない。激しく噛みつきあった当事者同士が、翌日は何もなかったように一緒に畑に行き、飯を食い、談笑する。そこには、暴力的でありながら平等で、平和な社会があった。

 

反対に日本社会では、公的には暴力が否定されつつ、実際には様々な形で容認されている。ネタニヤフ政権のパレスチナ虐殺に私たちは間接的に加担している。生産性のない人間は殺すべきとした相模原障害者殺傷事件にも一定の賛同が見られた。学校におけるいじめや自殺の増加、抑圧的で非人間的な職場環境の横行。生の基本的な単位である家庭も例外ではない。家庭内暴力(DV)は増加傾向にあり、身近でも被害を受けたという声を耳にする。こうした暴力に共通するのは他者を支配したいという欲望とその正当化だ。果たして私たちは暴力と真剣に向きあってきたと言えるのだろうか。

 

生きとし生けるものが他者に力を行使できる以上、暴力なき生は原理的にあり得ない。それでも社会に容認・黙認される暴力と指弾される暴力の差異、つまり「誰になら暴力を振るってもよいか」という選別が存在する。この選別を支える境界線は不均衡を生むだけでなく、しばしば暴力の加害者が被害者を「動物」になぞらえるように、「誰を人間と見なすのか/見なさないのか」という根源的な差異を産出する。つまり、暴力が人間を形づくり、社会が描く人間像が暴力のあり方を決定する。

 

だとすれば、トゥワの人たちの暴力はどのような人間観を提示するのだろうか。妻と娘と共に彼らの生活に身を置き、撮影し、ときには闘争に加わりながらも、私がそこで感じたのは緊張と高揚であって、恐怖ではなかった。日本で見聞してきた暴力とは明らかに異質だった。彼らの暴力には、他人を支配しようとする意志がほとんど見られない。彼らにとって暴力とは、怒りや悲しみといった感情と身体の生成的な交感であり、統制や支配の手段ではない。むしろ暴力を許容することこそが、平等で平和な社会性を生みだす基盤となっているのではないか。

 

本書ではそのようなトゥワの人たちの暴力を「平等主義暴力」と名づけ、闘争、音楽、罵倒といった社会実践を通じて考察する。こうした分析を通して、現代社会に遍在する「支配のための暴力」を相対化し、暴力そのもの――すなわち人間そのもの――について再考を促したい。

 

読者の中には、自分とトゥワの人たちを隔たった存在として感じる人もいるかもしれない。たしかに狩猟採集民は究極の「他者」である。一方で同じ人間として、彼らは究極の「私たち」である。彼らの暴力=人間像は、人類の可能性そのものを示唆し、私たちに自省を要請する。

 

リベラリズムと、それを政治・経済制度として展開してきたグローバリズムは、人権や市場といった普遍的な価値を掲げながら、同時に排除や格差を生産してきた。その限界が露呈するなか、各地では権威主義的な統治や強権的なポピュリズムが「安定」や「過去の栄光の復権」を名目に正当化され、暴力があらためて公然と擁護されるようになっている。近代は暴力を例外的な状況として周縁化することで推進してきたが、そのように考えて済ませられる時代は終わった。暴力は社会の外にあるのではなく、むしろ社会そのものの形を映す鏡だ。こうした状況のもと、「暴力」とは、私たちがこれからどのような関係を築き、どのような社会をつくっていくのかという問いそのものになっている。本書が、そのような問いに向きあうためのヒントになれば幸いである。

* この夜の記述は私が2020年10月27日に撮影した映像をもとにしている。

 

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