『女子サッカー選手のエスノグラフィー』の書評が『ソシオロジ』に掲載されました

社会学研究会発行『ソシオロジ』208号(2023年10月)に、申恩真著『女子サッカー選手のエスノグラフィー—不安定な競技実践形態を生きる』の書評が掲載されました。評者は水野英莉先生(流通科学大学)です。「競技活動と生活をどのように両立し、やりくりしているのか、ミクロな日常の実践を通じて、選手たちが規範を再生産していくようすが生き生きと描かれていた。これは参与観察を通してしか見ることのできないもの」

『ドイツの幼児教育におけるビルドゥング』の書評が『幼児教育史研究』に掲載されました

幼児教育史学会編『幼児教育史研究』第18号(2023年11月)に、中西さやか著『ドイツの幼児教育におけるビルドゥング―子どもにとっての学びを問い直す』の書評が掲載されました。評者は鈴木宏先生(上智大学)です。「学力向上政策を背景として新しい幼児教育のあり方が模索されたドイツの議論について、「ビルドゥング(Bildung)」の概念に着目した分析を試みる」

『〈怒り〉の文学化』の書評が『日本近代文学』に掲載されました

日本近代文学会編『日本近代文学』第109集/2023年11月に、栗山雄佑著『〈怒り〉の文学化―近現代日本文学から〈沖縄〉を考える』の書評が掲載されました。評者は柳井貴士先生(愛知淑徳大学)です。「〈怒り〉に誘引されかねない暴力の可能性への「抵抗」を、所謂〈文学的想像力〉をめぐる中にどのように昇華されたか」

『社会教育における生活記録の系譜』の書評が『教育学研究』に掲載されました

日本教育学会編『教育学研究』第90巻第3号/2023年9月に、新井浩子著『社会教育における生活記録の系譜』の書評が掲載されました。評者は松田武雄先生(名古屋大学)です。「関係性や生活性、地域性という観点は、歴史の中で形成されてきた生活記録の実践を特徴づけるものであるが、主体性、指導性、科学性という観点からの批判が生活記録の実践にどのような新たな意味をもたらしたのであろうか」

『ヴァールミーキはどこへ行けばよいのか』の書評が『図書新聞』に掲載されました

増木優衣(著)『ヴァールミーキはどこへ行けばよいのか:現代インドの清掃人カースト差別と公衆衛生の民族誌』の書評が『図書新聞』第3615号/2023年11月18日号に掲載されました。評者は中川加奈子先生(追手門学院大学)です。「「新しいヴァールミーキ像」に迫る 規範にがんじがらめにされながらも意図的・戦略的に生きぬく生活者としての姿」

 

『ケベックのフェミニズム』の書評が『図書新聞』に掲載されました

『図書新聞』第3613号/2023年11月4日号に、ミシュリンヌ・デュモン著、矢内琴江訳『ケベックのフェミニズム―若者たちに語り伝える物語』の書評が掲載されました。評者は小倉和子先生(立教大学異文化コミュニケーション学部)です。「カナダ研究からは見落とされがちなケベックのフェミニズムを日本の読者に紹介してくれる貴重な訳書」

 

『インクルーシブ教育のかたち』の書評が『SNEジャーナル』に掲載されました

日本特別ニーズ教育学会編『SNEジャーナル』第29巻第1号(特集:国連障害者権利委員会勧告から探る特別ニーズ教育、2023年10月)に、柴垣登著『インクルーシブ教育のかたち―都道府県ごとの特別支援教育の違いから』の書評が掲載されました。評者は伊藤駿先生(広島文化学園大学)です。「同じ日本国内であっても、また同じインクルーシブ教育という言葉で表現されるものであってもその実態が大きく異なることを実証した」

『近代市民社会の信仰と音楽』の書評が『図書新聞』に掲載されました

『図書新聞』第3612号/2023年10月28日号に、瀬尾文子著『近代市民社会の信仰と音楽―オラトリオは「聖」か「俗」か』の書評が掲載されました。評者は三ヶ尻正先生(ヘンデル研究・オラトリオ研究)です。「宗教曲の世俗化の論理が本書の主題で、その論考自体には難解な面もあるが、当時の人気作を取り上げて検証を進める手法は具体的で明解」