日本近代文学会編『日本近代文学』第109集/2023年11月に、栗山雄佑著『〈怒り〉の文学化―近現代日本文学から〈沖縄〉を考える』の書評が掲載されました。評者は柳井貴士先生(愛知淑徳大学)です。「〈怒り〉に誘引されかねない暴力の可能性への「抵抗」を、所謂〈文学的想像力〉をめぐる中にどのように昇華されたか」
日本教育学会編『教育学研究』第90巻第3号/2023年9月に、新井浩子著『社会教育における生活記録の系譜』の書評が掲載されました。評者は松田武雄先生(名古屋大学)です。「関係性や生活性、地域性という観点は、歴史の中で形成されてきた生活記録の実践を特徴づけるものであるが、主体性、指導性、科学性という観点からの批判が生活記録の実践にどのような新たな意味をもたらしたのであろうか」
増木優衣(著)『ヴァールミーキはどこへ行けばよいのか:現代インドの清掃人カースト差別と公衆衛生の民族誌』の書評が『図書新聞』第3615号/2023年11月18日号に掲載されました。評者は中川加奈子先生(追手門学院大学)です。「「新しいヴァールミーキ像」に迫る 規範にがんじがらめにされながらも意図的・戦略的に生きぬく生活者としての姿」
秋田高校同窓会新先蹤録委員会編『新先蹤録―秋田高校を飛び立った俊英たち』の書評が『図書新聞』第3615号/2023年11月18日号に掲載されました。評者は末松裕基先生(東京学芸大学)です。「未來への信頼を感じることができる 語り継ぐ記憶として丹念に形にした努力の賜物」

『ローカル・フードシステムと都市農地の保全―庭先直売、移動販売、産消提携の立地と生産緑地』(佐藤忠恭 著)の紹介記事が『日本農業新聞』(2023年11月5日)に掲載されました。「都市農地の保全という視点からの提起は重要なものである」
『図書新聞』第3613号/2023年11月4日号に、ミシュリンヌ・デュモン著、矢内琴江訳『ケベックのフェミニズム―若者たちに語り伝える物語』の書評が掲載されました。評者は小倉和子先生(立教大学異文化コミュニケーション学部)です。「カナダ研究からは見落とされがちなケベックのフェミニズムを日本の読者に紹介してくれる貴重な訳書」
日本特別ニーズ教育学会編『SNEジャーナル』第29巻第1号(特集:国連障害者権利委員会勧告から探る特別ニーズ教育、2023年10月)に、柴垣登著『インクルーシブ教育のかたち―都道府県ごとの特別支援教育の違いから』の書評が掲載されました。評者は伊藤駿先生(広島文化学園大学)です。「同じ日本国内であっても、また同じインクルーシブ教育という言葉で表現されるものであってもその実態が大きく異なることを実証した」
『図書新聞』第3612号/2023年10月28日号に、瀬尾文子著『近代市民社会の信仰と音楽―オラトリオは「聖」か「俗」か』の書評が掲載されました。評者は三ヶ尻正先生(ヘンデル研究・オラトリオ研究)です。「宗教曲の世俗化の論理が本書の主題で、その論考自体には難解な面もあるが、当時の人気作を取り上げて検証を進める手法は具体的で明解」
『英語教育』Vol. 72, No. 9/2023年11月号(大修館書店刊)に、B・クマラヴァディヴェル著/南浦涼介、瀬尾匡輝、田嶋美砂子訳『言語教師教育論―境界なき時代の「知る・分析する・認識する・為す・見る」教師』の書評が掲載されました。評者は臼倉美里先生(東京学芸大学)です。「教師が知識伝達者ではなく学習者に変化を働きかけるエージェント、そして省察的実践者となるために必要な(…)教師教育の枠組みが提案されている」
『図書新聞』第3611号/2023年10月21日号に、庄司貴俊著『原発災害と生活再建の社会学―なぜ何も作らない農地を手入れするのか』の書評が掲載されました。評者は藤川賢先生(明治学院大学)です。「原発事故によって崩された日常生活をいかに紡ぐか 予見の共有に向けた社会学的試み」









