『女子プロレスの誕生』の書評が『ふぇみん』に掲載されました

『つながる/ひろがる/フェミ・ジャーナル ふぇみん』2025年6月25日号に、瀬戸智子著『女子プロレスの誕生――冷戦期日本の大衆文化とインターセクショナリティ』の書評が掲載されました。「〈女子レスラーに対する差別的な〉表現が意味するところや、時代と共にどのように変化していったのかを多角的に考察することで日本の家父長制とアメリカ型民主主義の共依存関係や、立場や時代の違いによって変化する「女子レスラー」への眼差しがみえてくる」。
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『越境する歌舞伎』の書評が『週刊読書人』に掲載されました

『週刊読書人』2025年6月20日号に、浅野久枝著『越境する歌舞伎――戦前・戦後の小芝居と女役者』の書評が掲載されました。評者は舘野太朗先生です。「本書では、同時代的な問題意識に基づいて、過去の事象を掘り起こすのではなく、インタビューの積み重ねから「越境」という論点が立ち上げられている。民俗学的な手法による豊かな記述が、この仕事の値打ちを高めている」。

『戦争をめぐる戦後沖縄文学の諸相』の書評が『琉球新報』に掲載されました

『琉球新報』2025年6月8日号で、柳井貴士著『戦争をめぐる戦後沖縄文学の諸相』の書評が掲載されました。評者は村上陽子先生(沖縄国際大学)です。「本書を貫くのは、沖縄をめぐる〈戦争〉は沖縄戦のみに限らない、という問題意識である(…)〈戦争〉から解き放たれたことのない島で、言葉がいかに紡がれてきたのか」

『近代朝鮮文学と民衆』の書評が『コリア研究』に掲載されました

立命館大学コリア研究センター『コリア研究』第13号(2025年3月)に、影本剛著『近代朝鮮文学と民衆―三・一運動、プロレタリア、移民、動員』の書評が掲載されました。評者は相川拓也先生(専修大学)です。「民衆と知識人との出会いと関係形成というダイナミズムに注目する本書の視角は、それ自体として非常に魅力的」

『吉屋信子』の書評が『日本近代文学』第112集に掲載されました

『日本近代文学』第112集に、山田昭子著『吉屋信子――小説の枠を超えて』の書評が掲載されました。評者は竹田志保先生(中央大学)です。「丹念な読み込みと調査によって、吉屋信子の作品群を隈なく見渡し、あるいは連環する同時代の諸テクストと繋ぎ、その連続性と差異を確かめていく手腕は瞠目すべきものである」

『日中戦時下の中国語雑誌『女声』』の書評が『日本ジェンダー研究』第27号に掲載されました

『日本ジェンダー研究』第27号(2024年12月13日)に、山﨑眞紀子、江上幸子、石川照子、渡辺千尋、宜野座菜央見、藤井敦子、中山文、姚毅、鈴木将久、須藤瑞代著『日中戦時下の中国語雑誌『女声』―フェミニスト田村俊子を中心に』の書評が掲載されました。評者は羽田朝子先生(当時秋田大学)です。「日本近現代文学と中国近代女性史を専門とする研究者による共同研究により、それまで両分野において死角になっていた部分に光を当てている」

『日中戦時下の中国語雑誌『女声』』の書評が『中国女性史研究』第34号に掲載されました

『中国女性史研究』第34号(2025年2月20日)に、山﨑眞紀子、江上幸子、石川照子、渡辺千尋、宜野座菜央見、藤井敦子、中山文、姚毅、鈴木将久、須藤瑞代著『日中戦時下の中国語雑誌『女声』―フェミニスト田村俊子を中心に』の書評が掲載されました。評者は趙怡先生(関西学院大学)です。「『女声』という雑誌に対して、まるで「腑分け」のように、ほぼ全方位から、各分野の専門家が緻密に調査・分析」

『在日コリアン教会の戦後』の書評が『週刊読書人』に掲載されました

『週刊読書人』第3588号/2025年5月9日号に荻翔一 著『在日コリアン教会の戦後:再編されるエスニック・チャーチ』の書評が掲載されました。評者は川瀬貴也先生(京都府立大学教授)です。「宗教から逆照射される在日コリアン社会の変化 エスニック教会の「一枚岩ではない」実態を明らかにする」